ケトン食の抗がん作用:理論 

ケトン食の抗がん作用に関する理論と科学的根拠を解説しています。

【ケトン体を増やせばがん細胞は死滅する】

ケトン体というのはブドウ糖が枯渇したときに脂肪が分解してできる生理的燃料です。肝細胞と赤血球以外の正常細胞はケトン体をエネルギー源として利用できます。肝細胞は他の組織のためにケトン体を産生する工場であり、作ったケトン体を自分で消費しないように、ケトン体をエネルギーに変換する酵素が欠損しているのです。赤血球はミトコンドリアが無いためケトン体を代謝できません。その他の正常細胞はケトン体を代謝してATPに変換できます。
がん細胞ではケトン体をエネルギーに変換する酵素系の活性が低下しているので、ケトン体をエネルギー源として利用できません。また、がん細胞では細胞を増やすために脂肪酸を合成する酵素系の活性が非常に高くなっていますが、逆の脂肪酸を分解してエネルギーを産生する酵素の活性は低下しています。
つまり、体内のブドウ糖の量を減らし、脂肪酸の分解でATPを得ている体内状況を作り出せば、ミトコンドリアの機能が正常な正常細胞は脂肪酸の代謝によってATPを効率的に産生できるので生存できるのに対し、がん細胞は脂肪酸からATPを産生できないためエネルギーが枯渇して死滅するのです。
さらに、ケトン体のアセト酢酸βヒドロキシ酪酸にはそれ自体に抗がん作用があります。がん細胞と正常線維芽細胞の培養細胞を使った実験で、培養液にアセト酢酸やβヒドロキシ酪酸を添加すると、正常な線維芽細胞の増殖は阻害されず、がん細胞の増殖は用量依存的に抑制されることが報告されています。ケトン体ががん細胞のブドウ糖の取り込みと代謝を阻害するためだと考えられています。また、がん細胞を移植した動物実験でも、ケトン体を多く出させる中鎖脂肪酸の豊富な高脂肪食を与えると、腫瘍の成長が抑えられ、がんによる体重の減少を防ぐ事が報告されています。

脂肪酸の代謝

図:がん細胞ではブドウ糖の取込みが亢進している。ブドウ糖の摂取で分泌が増えるインスリンはがん細胞の増殖を刺激する。脂肪の分解でできるケトン体をがん細胞はエネルギー源として利用できない。さらに、ケトン体自身にがん細胞の増殖を阻害する作用がある。正常細胞はブドウ糖もケトン体も効率的に利用できる。糖質の摂取を減らし、脂肪の分解でできるケトン体を多く産生する食事はがん細胞の増殖を阻害し、死滅させる効果がある。

【インスリンの分泌を減らせばがん細胞の増殖は止まる】

糖質の摂取を減らすだけで、がん細胞の増殖を抑えることができます。その理由は高血糖(血中のブドウ糖濃度が高い状態)とインスリンがともにがん細胞の増殖を刺激する作用があるからです。したがって、血糖とインスリン分泌が減れば、がん細胞の増殖刺激が低下することになります。
がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として大量に取り込んでいるため、高血糖はがん細胞の増殖に有利になります。がん細胞はブドウ糖をエサに増殖しているのです。高血糖は活性酸素の産生を高め、血管内皮細胞や基底膜にダメージを与えて血管透過性を高め、転移を起こしやくするという意見もあります。高血糖はマクロファージを活性化して炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-6など)の産生を刺激します。炎症性サイトカインはがん細胞の増殖や浸潤や転移を促進します。
食事で糖質を摂取すると血糖値が上がります。血糖値が上がると、体は膵臓からインスリンというホルモンを分泌して血糖を下げようとします。インスリンはブドウ糖の筋肉組織や脂肪組織への取り込みを亢進してブドウ糖の分解を促進します。さらに、肝臓ではグリコ−ゲンの合成を促進し、脂肪組織では脂肪の合成が促進されます。このようにインスリンはブドウ糖の分解とグリコーゲンや脂肪の合成の両方を高めることによって血糖を下げます。
インスリンは食後の血糖値を下げるのが主な作用ですが、がん細胞の増殖を促進する作用もあります。がん細胞の表面(細胞膜)にあるインスリン受容体にインスリンが結合すると、細胞増殖のシグナルが活性化し、がんの発育や転移が促進されます。
さらに、インスリンはがん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF- 1)の活性を高めます。高インスリン血症は、IGF-1の活性を制御しているIGF-1結合蛋白の肝臓での産生量を減少させ、その結果、IGF-1の活性が高まるからです。
体の成長を促進する成長ホルモンは肝臓に働きかけてインスリン様成長因子-1(IGF-1)を分泌させ、このIGF-1が標的組織の細胞分裂を刺激します。したがって、多くの臓器や組織の細胞にIGF-1の受容体があり、それらの細胞から発生するがん細胞の多くがIGF-1受容体を持っています。
IGF-1は70個のアミノ酸からなり、インスリンと似た構造をしています。IGF-1受容体とインスリン受容体も類似しており、IGF-1とインスリンが交差反応することが知られています。インスリンとIGF1はそれぞれの受容体に結合して細胞を刺激すると、細胞増殖と代謝を促進するシグナル伝達経路を活性化して栄養素の取り込みやエネルギー産生を高め、細胞増殖や血管新生や転移を促進し、抗がん剤抵抗性を高めます。
糖質の多い食事で血糖が上がるとインスリンの分泌が増え、さらにインスリン様成長因子-1の産生と活性も高まることになります。糖質を摂取しなければ、血糖もインスリンの分泌もインスリン様成長因子-1の産生も増えないので、がん細胞の増殖を刺激することもなくなります。
培養したがん細胞を使った実験で、培養液のブドウ糖濃度を高めると、がん細胞の増殖や転移や浸潤が促進されます。高濃度のブドウ糖がある状態でインスリンを添加すると、増殖シグナル伝達系の刺激により増殖や浸潤能はさらに促進されます。生体でも同様で、食事のたびに血糖やインスリンが上昇するとその都度がん細胞の増殖が刺激されることになるのです。
したがって、糖質の摂取を減らして血糖とインスリンが上昇しないようにすれば、それだけでがん細胞の増殖を抑える効果が期待できるのです。  

【糖質を制限すれば高脂肪食でもがんを促進しない】

がんの発生や再発の予防を目的とした食事療法では、脂肪を減らすことが推奨されています。全カロリーの45〜65%を糖質から摂取し、脂肪からのカロリーは食事全体のカロリーの20〜30%程度が望ましいと言うのが一般的な意見です。
がんの食事療法として有名な玄米菜食療法ゲルソン療法では、亜麻仁油や魚油のようなオメガ3系不飽和脂肪酸やオリーブオイル以外の油脂はできるだけ摂取しないのが基本になっています。
玄米菜食とは玄米と野菜など植物性食品を主体にして動物性食品を制限する食事療法です。ゲルソン療法は今から80年くらい前にドイツ人医師のマックス・ゲルソン博士が始めた栄養療法で、無塩食、油脂類・動物性蛋白質の制限、大量の野菜ジュースの飲用を基本にしています。これらの食事療法では、オリーブオイルやオメガ3系不飽和脂肪酸(魚油、亜麻仁油、紫蘇油)以外の脂肪はがんを促進すると考えています。動物性脂肪の多い肉類、植物油(サラダ油、コーン油、キャノーラ油など)、牛乳・乳製品(バター、チーズ、クリームなど)の摂取を禁止し、魚介類や脂肪の多いココナッツやアボカドも禁止食品に入っています。
しかし、脂肪の取り過ぎが危険なのは糖質を主食にする場合です。食事からの摂取カロリーの半分以上を糖質から摂取する食事内容では、脂肪の摂り過ぎは発がんリスクを高めます。しかし、糖質を制限した場合には高脂肪食は発がんリスクを高めることありません。その第一の理由は、脂肪を摂取しても血糖もインスリンの分泌も増えないからです。
また、がんや動脈硬化の原因になるとなるのは、動物性の飽和脂肪酸やω6不飽和脂肪酸の多い一部の植物油を多く摂取した場合です。逆に、オレイン酸を含むオリーブオイルやω3系不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を含む魚油、αリノレン酸を含む亜麻仁油(フラックスシードオイル)や紫蘇油(エゴマ油)を多く摂取するとがんも動脈硬化性疾患も減らせることが明らかになっています。
つまり、糖質の摂取を減らすことと、がん予防に有効な脂肪を主体にすれば、脂肪の摂取量を増やしても、がん細胞の増殖を促進することは無いのです。

【絶食と同じ効果があるケトン食療法】

がん細胞にブドウ糖を与えないという目的であれば、断食療法やカロリー制限は効果がありますが、断食療法は体重が減少し栄養素が不足する欠点があり、カロリー制限も体重減少や体力低下を招く欠点があります。抗がん剤などで治療を行っているときには、断食やカロリー制限は危険であり、実施しにくいと言わざるを得ません。
絶食と同じような効果があって体力も栄養状態も悪化させない食事療法として「ケトン食」があります。これは糖類の摂取を極端に減らし、脂肪を多く摂取しケトン体を産生させるという食事で、てんかんの食事療法として確立されている食事法です。
ケトン体はブドウ糖が枯渇したときに肝臓で脂肪酸の分解が亢進したときにできる物質です。正常細胞では、ケトン体を使ってエネルギー(ATP)を産生することができるのですが、多くのがん細胞はケトン体を利用できません。ケトン体からATPを産生するときに必要な酵素の活性が低下しているからです。そこで、がん細胞が利用できるブドウ糖の量を減らし、がん細胞が利用できないケトン体を増やしてがん細胞だけを死滅させる食事療法としてケトン食が注目されています。
食事の糖質を制限して血糖とインスリンの分泌を低下させれば、がん細胞の増殖を抑えることができます。ケトン体を増やせば、さらに抗がん作用が強化されるという理論です。がん細胞だけを兵糧攻めにできる食事療法と言えます。
最近、ケトン食がメタボリック症候群の改善に有効であることが複数の臨床試験で確認されています。メタボリック症候群というのは内臓脂肪型肥満(内臓肥満・腹部肥満)に高血糖・高血圧・脂質異常症のうち2つ以上を合併した状態で、インスリン抵抗性を基礎とした病態であるため、がんの発生と密接に関連しています。ケトン食がメタボリック症候群の改善に効な食事療法であれば、がんの予防や治療にも効果が期待できると言えます。

【代謝異常をターゲットにした治療が注目される理由】

がんは様々な遺伝子変異の蓄積によって生じますが、がん遺伝子やがん抑制遺伝子など細胞のがん化に関連している遺伝子は多数あります。また、細胞の増殖や死を調節するシグナル伝達系は極めて複雑なネットワークを形成しています。しかも、遺伝子変異の種類や異常を起こしているシグナル伝達系は個々のがん組織によって異なり、また同じがん組織であっても遺伝子変異に違いがあるがん細胞が混在しています。つまり、がん組織というのは極めて不均一ながん細胞の集団であることが判っています。
このような多様な遺伝子異常を持つがん細胞に対して、遺伝子変異やシグナル伝達系の異常をターゲットにした治療法に限界があることは明らかです。しかし、がん細胞が増殖するためにはエネルギーを作る燃料と細胞を作る材料が必要であり、この燃料と材料の獲得を阻止すれば、そのがん細胞がどのような遺伝子異常を持っていても関係なく増殖を阻止し死滅させることができます。
近年、がん細胞における代謝異常(エネルギー産生や物質合成の亢進)ががん治療のターゲットとしても注目されるようになってきています。アクセルとブレーキが故障して猛スピードで暴走している車を止める方法として、アクセルやブレーキを修理したり、あるいは車自体を壊すという方法もありますが、それより燃料を枯渇して補給しないようにすれば、どのような原因で暴走している車でも確実に止めることができるというわけです。

【ケトン食は安全な食事療法】

「ケトン食」というのは、体内でケトン体が多く産生されるように考案された食事です。古来、さまざまな疾患に絶食療法が行われており、特にてんかん発作が絶食によって減少することは古くから知られていました。そして、「脂肪を多く炭水化物の少ない食事を摂れば、絶食と同等の効果が得られる」という考えのもとに、1920年代に米国のメイヨークリニックでケトン食療法(ketogenic diet)が発案されました。
1960年代には中鎖脂肪酸を使うとケトン体の産生効率が高いことが明らかになり、中鎖脂肪酸を利用したケトン食療法も行われています。このようにケトン食自体は非常に歴史の古い食事療法です。ケトン食は難治性てんかんの治療以外に、ブドウ糖を細胞内に取り込めないグルコース・トランスポーター1型欠損症に極めて有効で唯一の治療法としても利用されています。さらに、ケトン体は脳神経のエネルギー代謝を改善し、活性酸素や炎症から神経細胞を保護する作用があるので、ケトン食療法はアルツハイマー病やパーキンソン病や脳卒中等を原因とする脳神経細胞障害の進行抑制にも利用されています。
ケトーシス(ケトン症:ketosis)は血中のケトン体が増加した状態です。ケトン体のアセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液のpHが酸性になります。このようにケトン体が増えて血液や体液が酸性になった状態をケトアシドーシス(ketoacidosis)と言います。
糖尿病性ケトアシドーシスは主に1型糖尿病患者に起こり、インスリンが不足した状態で脂肪の代謝が亢進し、血中にケトン体が蓄積してアシドーシス(酸性血症)を来たし、ひどくなると意識障害を引き起こし、治療しなければ死に至ります。このように糖尿病の人では血液中のケトン体濃度の上昇は糖尿病の悪化を示すサインとして知られていますので、ケトン体は体に悪い物質と思われる方が多いと思います。しかし実際は、インスリンの働きが正常である限りケトン体は極めて安全なエネルギー源なのです。ケトン体を利用する酵素が無い肝細胞とミトコンドリアの無い赤血球を除く全ての細胞でアセチルCoAに変換されて生理的なエネルギー源として利用でき、日常的に産生されているからです。
ケトン体はブドウ糖や脂肪酸より優先的に利用されます。絶食すると数日で血中ケトン体は基準値の30〜40倍もの高値になりますが、インスリンの作用が保たれている限り安全です。一時的に酸性血症(アシドーシス)になることもありますが、血液の緩衝作用によって正常な状態に戻ります。ケトン体の上昇が怖いのは、インスリンの作用不足がある糖尿病の場合で、糖尿病性ケトアシドーシスはインスリン作用の欠乏を前提とした病態です。断食や糖質制限に伴うケトン体産生の亢進の場合は生理的であり、インスリン作用が正常であれば何の問題もありません。

【ケトン食でがんが縮小する臨床報告が増えている】

がんを移植したネズミを使った実験では、ケトン食ががんの増殖速度を遅くし、生存期間を延ばす効果があることが報告されています。この場合、カロリー制限を併用すると抗腫瘍効果が高いのですが、中鎖脂肪酸を多く使いケトン体の産生を増やすケトン食であれば、カロリー制限をしなくても、がん組織の増殖を抑え、生存期間を延ばすことが確認されています。
人間でも、脳腫瘍などの悪性腫瘍の治療におけるケトン食の有効性が報告されています。ケトン食によるがん治療の有効性が最初に報告されたのは1995年のことです。米国のオハイオ州クリーブランドのケース・ウェスタン・リザーブ大学からの報告で、進行した小児がん(脳腫瘍)の患者をケトン食を使って治療し、全身の栄養状態に悪影響を及ぼさずにがん細胞の増殖を抑えることができたという臨床試験の結果を報告しています。この報告では、進行した悪性星細胞腫という脳腫瘍の女児2名を、中鎖脂肪酸トリグリセリド(以下、中鎖脂肪と略す)を60%、他の脂肪10%、蛋白質20%、炭水化物10%というケトン食を使って、8週間外来通院で治療を行っています。ケトン食を開始して7日後には血糖値は正常下限まで低下し、血中ケトン体は20〜30倍に増加しました。PET検査の測定では、ブドウ糖の取り込みは平均21.8%低下しました。患者の一人は、臨床症状の著明な改善と長期間の延命効果が認められています。(J Am Coll Nutr. 14(2):202-8.1995年)
浸潤性の星細胞腫の中でも最も悪性度の高い多形神経膠芽腫(glioblastoma multiforme)は人間のがんの中でもとりわけ予後の悪いがんです。完全に切除できてもほとんどが再発します。手術後に抗がん剤と放射線照射を併用した治療が標準ですが、平均生存期間は数ヶ月です。この治療が困難で予後不良な脳腫瘍の治療(抗がん剤治療+放射線治療)にケトン食療法を併用すると、今までに経験しないような劇的な治療効果が得られたという症例報告があります。手術で完全に切除できなかった65歳女性の多形神経膠芽腫の患者に対して、1日摂取カロリーを600キロカロリーに制限し、ケトン比を4:1(脂肪:蛋白+炭水化物)に設定したケトン食を行い、著明な抗腫瘍効果が認められています。(Nutrition & metabolism. 7:33, 2010年)
脳腫瘍以外のがんでも、ケトン食が抗がん剤治療や放射線治療の効果を高めることが報告されています。人間の胃がんをヌードマウスに移植した実験モデルでは、ω3不飽和脂肪酸と中鎖脂肪酸を使ったケトン食で飼育すると、がんの増殖が遅くなったという報告があります。魚油のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)といったω3不飽和脂肪酸にはがん予防効果やがん細胞の増殖を抑える効果が報告されています。

【ケトン食療法は進行がんに対しても安全で有効】

悪性度の高い大腸がん細胞をマウスに移植して、がん性悪液質を起こす実験モデルでケトン食の効果を検討した研究があります。がんを移植されたマウスは、がんの増殖に応じて、体の脂肪や筋肉の量が減少し体重が減ってきます。このようにがんの増大によって筋肉と脂肪の両方が減少する状態をがん性悪液質と言います。がん組織が出す炎症性サイトカインなどが脂肪や蛋白質の分解(異化)を進行させるのです。この実験モデルにおいて、総カロリーの80%を中鎖脂肪酸から得るようなケトン食を与えると、体重の減少が抑制され、さらに腫瘍自体の成長も抑えられる結果が得られています。ケトン体には、がん細胞の増殖を抑える作用だけでなく、炎症を抑える作用もあり、がん性悪液質の改善にも効果が期待できることを示しています。(Br. J. Cancer, 56: 39-43, 1987年)
末期がんの患者16例を対象に、ケトン食の効果と安全性を検討した報告もあります。この報告では、脂肪と蛋白質が豊富で炭水化物を1日70グラム以下に制限した食事は、臓器の働きを良くし、症状を改善する効果があるという結論が得られています。がん細胞はブドウ糖の利用が高いのですが、筋肉組織など正常組織では脂肪酸や蛋白質の需要が大きいので、糖質を少なくし蛋白質や脂肪の多い食事の方が進行がん患者の状態を良くする効果が高いということです。また、この食事による副作用は認められていません。(Nutr Metab 8(1):54, 2011年)
米国ニューヨーク州のアルバート・アインシュタイン医科大学の放射線科のグループが、ケトン体を増やす糖質制限食の安全性と有効性を検討する目的で、10例の進行がん患者を対象に臨床試験を行っています。この研究では、根治治療不可能な進行がん患者でPET検査で腫瘍を検出し、パフォーマンスステータス(performance status:PS)が0〜2で比較的良く、諸臓器機能が正常で糖尿病が無く、最近の体重減少を認めず、BMI(Body Mass Index)が20kg/m2以上の条件を満たす10例を対象に、26〜28日間の糖質制限食を実施しています。その結果、食事療法開始前に腫瘍の早い進行を認めていた9例のうち5例で病状安定(stable disease)あるいは部分奏功(partial remission)をPET検査で確認できました。病状安定とはがんが大きくならなかったことで、部分奏功とは画像検査で長径が30%以上(あるいは面積が50%以上)縮小した場合を言います。効果を認めたこの5例は、進行を続けた4例と比較して、血中のケトン体の量が3倍くらい高かったという結果でした。腫瘍増殖の抑制を認めた5例と進展した4例の間には、カロリー摂取や体重減少の程度には差を認めませんでしたが、ケトン症のレベルは血清インスリンの濃度と逆相関の関係にありました。(Nutrition 28(10): 1028-35, 2012年)
つまり、この臨床試験では、「インスリンの分泌を阻害する食事療法(糖質制限によるケトン食)は進行がん患者において安全に実施できる」「この食事療法による抗腫瘍効果(病状安定および部分奏功)は、摂取カロリーや体重減少の程度とは関係せず、ケトン症の程度(血中ケトン体の濃度)に相関する」という2点が確認されています。
インスリンががん細胞の増殖を促進することは十分な根拠があります。インスリンの分泌を少なくする糖質制限食ががん細胞の増殖を抑制することも多くの動物実験や臨床試験などで証明されています。さらに、ケトン体ががん細胞の増殖を抑制する効果があり、糖質制限と高脂肪食によるケトン食が抗がん作用を示すことも最近多くの研究で明らかになっています。さらにこの報告は、進行がんの治療としてケトン食が十分に効果が期待できることを示しています。この研究で最も重要な結果は、血中のケトン体濃度が高いほど、がん細胞の増殖抑制効果が高いという点です。カロリー摂取や体重減少とは関連せず、ケトン体の血中濃度のみが奏功率と関連するということです。したがって、糖質制限と高脂肪食によるケトン食を行うとき、ケトン体を増やす工夫が最も重要だということです。
ケトン体を増やすためには、中鎖脂肪を多く摂取し、長鎖脂肪酸の吸収とβ酸化による分解を促進するために脂肪分解酵素のリパーゼと肝臓での長鎖脂肪酸のミトコンドリアへの運搬を促進するL-カルニチンの摂取は有効です。このような方法を用いて、ケトン体を多く産生させると、食事だけでがんを縮小できるのです。

【玄米菜食やゲルソン療法と中鎖脂肪ケトン食の違いとは】

動物性食品をできるだけ少なくし、植物性食品の多い食事はがん予防の基本であることは、多くの研究者が認めています。動物性脂肪や赤身の肉ががんの発生や進展を促進することは多くの研究で明らかになっています。精製度の高い糖質はインスリン分泌を増やしてがん細胞の増殖を刺激する作用があります。したがって、白米でなく玄米、白い小麦粉ではなく全粒粉を使うというように未精白の穀物の摂取ががん予防に有効であることは根拠があります。また、野菜や果物を多く摂取することは、これらに含まれる抗酸化作用や免疫増強効果やがん予防効果のある成分が体内に多く取込むことになります。油脂や動物性蛋白質を極力減らすので、糖質の割合が多くなります。未精製の穀物やイモ類や根菜類(ニンジンやゴボウなど)に含まれる糖質は取りすぎても問題ないというのが、これらの食事療法の根拠になっています。したがって、糖分のかなり多いニンジンジュースを1日に1リットル以上と大量に飲んでも問題無いと考えています。しかし、ニンジンジュースを1リットル飲むことは砂糖を60グラム摂取するのと同じブドウ糖負荷になります。当然、インスリンの分泌も促進され、がん細胞の増殖も刺激されます。
 ケトン食療法では、血糖とインスリン分泌を高めないことが基本です。がん細胞はブドウ糖が利用できないと増殖も生存もできません。がん細胞の増殖を刺激するインスリンの分泌を低下させることは、がん細胞の増殖を抑える効果があります。
 糖尿病ががんの発生や治療後の再発のリスクを高めることが明らかになったのは今から10年くらい前からです。インスリンががん細胞の増殖シグナル伝達を刺激することも、最近多くの注目を集めるようになってきました。糖尿病やメタボリック症候群の治療でも、脂肪よりも糖質の制限の方が治療効果が高いことが報告されるようになっています。がんの食事療法でも、糖質の制限の方が有効性が高いことを示す研究結果が多く報告されるようになっています。

 

玄米菜食・ゲルソン療法

中鎖脂肪ケトン食

糖質

未精白の穀類(玄米、胚芽米、全粒粉など)、イモ類、根菜類であれば糖質の量に関しては制限なし。精製度の高い糖質は摂取しない。

1日40グラム以下に減らす。
主食(ご飯、麺類、パン)やイモ類や根菜類など糖質の多い食品は制限する。

油脂

オメガ3系不飽和脂肪酸(魚油、亜麻仁油、紫蘇油など)やオリーブオイルを適量摂取する。動物性脂肪、牛乳・乳製品、植物油(サラダ油、コーン油、キャノーラ油など)、ココナッツ、アボカドは禁止。

オメガ3系不飽和脂肪酸(魚油、亜麻仁油、紫蘇油など)やオリーブオイルを主体に、総カロリーの60〜80%を脂肪から摂取する。動物性脂肪やオメガ6系不飽和脂肪酸は取りすぎない。

蛋白質

肉、魚介類、その他動物性蛋白質は禁止。
大豆製食品、小麦蛋白(グルテン、おふ)を多く摂取。

赤身の肉は取りすぎない。その他の魚介類や大豆製食品を多く摂取。体重1kg当たり1〜2g程度。

野菜・果物

新鮮な野菜・果物、キノコ類、ナッツ類、海藻類などを大量に食べる。大量の野菜ジュース(ニンジンジュースなど)の飲用を推奨。
野菜や果物に関して、含まれる糖質の量は問題にしない。

糖質の少ない野菜を多く摂取。基本的に100g当たりの糖質が2g以下の葉菜類やキノコ類が中心。果物は糖質の少ないアボカド以外は少量しか食べない。ニンジンやゴボウやタマネギのような糖質の多い野菜は摂取量に注意する。海藻類やナッツ類(クルミなど)は多く食べても良い。

その他

塩分を取らない。
アルコール、カフェイン、タバコといった嗜好品、人工的食品添加物は禁止。

アルコール類は糖質の入っていないものであれば良いが、アルコール自体ががんを促進するので、アルコール一般は推奨できない。糖質ゼロの人口甘味料の利用は問題ない。

サイトの開設者:福田一典(銀座東京クリニック)


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