◇ 糖質は可能なかぎり減らす

【炭水化物と糖質と食物繊維】

炭水化物(carbohydrate)は単糖を構成成分とする有機化合物の総称で、代謝されてエネルギー源となる「糖質(saccharides)」と人の消化酵素で消化されない(したがって、エネルギー源にならない)「食物繊維(dietary fiber)」に分けられます。つまり、炭水化物は糖質と食物繊維から成ります。
糖尿病やダイエットの食事療法やケトン食療法において摂取制限の対象になるのは糖質であり、食物繊維はいくら摂取しても問題ありません。英語のlow-carbohydrate diet(低炭水化物食)は実質的には糖質制限食です。
食物繊維には腸内の乳酸菌を増やして腸内環境を良くするなど様々な健康作用があり、食物繊維が少ないと便秘の原因にもなります。糖質制限食を実践するとき、食物繊維を積極的に増やすことも大切です。糖質が少なく食物繊維の多い食材としてはキノコ類や海草類、こんにゃく、おからがあります。

【まず主食を省く】

中鎖脂肪ケトン食の基本は、主食の糖質を極力省くことです。糖質の1日摂取量は40g以下を目標にします。身体活動が多く摂取カロリーが多い人は、摂取カロリーの10%以下を糖質摂取量の目安にします。1回の食事につき糖質が20gを超えないようにします。慣れてくればさらに減らしても問題ありません。
ご飯・パン・麺類・芋類は糖質が豊富なので摂らないようにします。果糖の多い甘い果物も避けます。果糖も体内でブドウ糖に変換されるからです。糖質を食べるにしても、玄米や全粒粉小麦など精製度の低い炭水化物を少量食べます。白米のご飯1杯(約150g)には約50gの糖質が含まれます。コンビニのおにぎり1個で糖質は約30g、食パン1枚で糖質は約20gが含まれます。
炭水化物は糖質と食物繊維に分けられ、食物繊維はブドウ糖として利用されないためいくら食べても構いません。穀類やイモ類には食物繊維も含まれていますが、それより圧倒的に多い糖質が含まれています。
下の表にその一部を示しています。基本的にご飯やパンや麺類は食べないようにします。

食品名 炭水化物 タンパク質 脂質
糖 質
食物繊維
食パン
44.4
2.3
9.3
4.4
フランスパン
54.8
2.7
9.4
1.3
うどん(ゆで)
20.8
0.8
2.6
0.4
そうめん(ゆで)
24.9
0.9
3.5
0.4
マカロニ・スパゲッティ(乾)
69.5
2.7
13.0
2.2
米(玄米)
70.8
3.0
6.8
2.7
玄米ご飯(炊飯)
34.2
1.4
2.8
1.0
米(精白米)
76.6
0.5
6.1
0.9
ご飯(精白米の炊飯)
36.8
0.3
2.5
0.3
ビーフン
79.0
0.9
7.0
1.6
もち
49.5
0.8
4.2
0.8
そば(ゆで)
24.0
2.0
4.8
1.0
ポップコーン
50.3
9.3
10.2
22.8
カステラ
62.6
0.6
6.2
4.6
大福もち
50.3
2.5
4.8
0.5
もなか
62.5
3.1
4.8
0.4
かりんとう・黒
74.5
1.7
7.4
11.8
塩せんべい(米菓)
82.3
0.8
7.8
1.0
あられ(米菓)
82.9
1.3
7.9
1.4
あんパン
47.5
2.7
7.9
5.3
シュークリーム
22.1
0.2
8.4
13.6
ポテトチップス
50.5
4.2
4.7
35.2
キャラメル
77.9
0.0
4.0
11.7
さつまいも(焼き)
36.5
3.5
1.4
0.2
じゃがいも(生)
16.3
1.3
1.6
0.1
じゃがいも(蒸し)
17.9
1.8
1.5
0.1
じゃがいも・フライドポテト
29.3
3.1
2.9
27.4

表:食品100g中の糖質、食物繊維、蛋白質、脂質の量(五訂日本食品標準成分表:平成12年科学技術庁資源調査会編より作成)
穀類や穀類から作るお菓子やイモには糖質が非常に多い。

【グリセミック指数とブドウ糖負荷】

グリセミック指数(glycemic index: GI)とは、食品がどれほど血糖値を上げやすいかを示す指標です。食品中に含まれる炭水化物が消化されてブドウ糖に変化する速さを、ブドウ糖を摂取した場合を100として相対値で表します。糖質として同じ分量を摂取しても、素材が異なると血糖値への影響は異なるという考えに基づいた指数です。
グリセミック指数の値(GI値)が高い食品は食後の血糖値の上昇が大きくインスリンの分泌量が多くなり、GI値が低い食品は血糖値の上昇が小さいのでインスリンの分泌も少なくて済みます。
インスリンはがん細胞の増殖を促進するので、GI値の高い食品はがん細胞の発生や増殖や転移を促進することになります。がん予防で精製度の低い穀物が推奨されるのは、精製度の低い穀物ほどGI値が低く、インスリンの分泌が少なくできるからです。
グリセミック負荷(Glycemic load:ブドウ糖負荷)は(グリセミック指数÷100 )× 糖質の量で表されます。
ある食品を100g食べたときの血糖上昇の程度が、ブドウ糖を何グラム食べたのに相当するかを示す数値です(図)。つまり、血糖値に対する食品の影響はこの食品中に含まれる糖質のグリセミック指数と糖質の含量の積であるブドウ糖負荷によって決まります。下表にその一部を示しています。

図:食事から摂取した糖質は、素材によってブドウ糖(グルコース)として消化・吸収される速度が異なる。グリセミック指数(Glycemic index : GI)は食品がどれほど血糖値を上げやすいかを示す指標で、グリセミック指数の値(GI値)が高い食品は食後の血糖値の上昇が大きくインスリンの分泌量が多くなる。GI値と糖質の量の積をグリセミック負荷(Glycemic load:ブドウ糖負荷)と言う。

食品
グリセミック指数
(ブドウ糖=100)
100g当たりの
糖質(g)
100g当たりの
グリセミック負荷
せんべい
91
83
77
ご飯(白米)
89
32
29
ベークド・ポテト
85
20
17
マッシュポテト
85
14
11
82
83
68
おにぎり
80
35
27
ドーナツケーキ
76
48
36
ポップコーン
72
55
40
玉子かけご飯
72
24
17
食パン(精白小麦粉)
71
47
33
ビスケット
70
63
43
砂糖
68
100
68
カレーライス
67
41
27
うどん
62
27
17
蜂蜜
61
79
48
ご飯とみそ汁
61
31
19
アイスクリーム
61
26
16
さつまいも
61
19
11
パイナップル
59
10
6
ご飯と納豆
56
29
16
玄米(炊飯)
55
22
12
ポテトチップス
54
42
22
寿司
52
37
19
バナナ
52
20
10.4
オレンジジュース
52
9.2
4.8
全粒粉パン
51
45
23
ジャガイモ(ゆで)
50
19
9.5
マカロニ(ゆで)
47
27
13
ニンジン(生)
47
7.5
3.75
スポンジケーキ
46
57
27
ブドウ
46
15
6.7
ニンジンジュース
43
9.2
4
オレンジ
42
10
4.2
42
10
4.2
リンゴジュース
40
11.2
4.4
スパゲッティ(ゆで)
38
27
10
リンゴ
38
12.5
4.75
トマトジュース
38
3.6
1
なし
38
9.2
3.3
ヨーグルト
36
4.5
1.5
豆乳
32
9.2
2.8
牛乳
27
4.8
1.2
グレープフルーツ
25
10
2.5
カシューナッツ
22
26
6
ピーナッツ
14
12
2

表:主な食品のグリセミック指数とグリセミック負荷:International table of glycemic index and glycemic load values: 2002(Am J Clin Nutr 76(1): 5-56, 2002より計算)

白米のご飯に含まれる澱粉は、唾液の中のアミラーゼでデキストリンや麦芽糖に分解され、膵液と腸液に含まれるα-グルコシダーゼでブドウ糖(グルコース)に分解されて小腸ですぐに吸収されるので、グリセミック指数が極めて高くなります。一方、玄米は食物繊維が多く消化が遅いので、グリセミック指数は低くなります。同じ量でも、玄米ご飯のグリセミック負荷は白米のご飯の半分以下になります。
ベークド・ポテトやマッシュポテトのように柔らかく焼いたジャガイモのデンプンは、既にブドウ糖の小さな結合であるデキストリンに熱分解されていて、唾液の消化酵素に素早く分解されてしまいます。食後短時間でブドウ糖として吸収されるので、ブドウ糖を直接摂取したのと同じくらいの血糖上昇効果を持っています。

砂糖はブドウ糖と果糖が結合した2糖類です。砂糖は腸液に含まれるサッカラーゼという消化酵素によってブドウ糖と果糖(フルクトース)に分解されて小腸から吸収され血中に入ります。この反応は短時間で起こるため、血糖値を急激に上昇させ、インスリンの分泌を促進します。ブドウ糖は小腸上皮細胞において、能動輸送といってエネルギーを使って積極的に吸収しますが、果糖は拡散による消極的な吸収となり吸収が遅いため、同じ糖質の量で比較するグリセミック指数は低くなります。しかし、砂糖は糖質が100%なので、ブドウ糖負荷は高くなります。

つまり、血糖値に対する食品の影響はその食品中に含まれる糖質のグリセミック指数と糖質の含量の積であるブドウ糖負荷によって決まります。グリセミック指数が低い食品でも大量に摂取すればインスリンの分泌量は増えます。玄米のご飯でも多く食べればインスリンの分泌が増えます。

バナナとリンゴを同じ重さ(100g)だけ食べた場合、バナナの糖質のグリセミック指数は52で、100g中の糖質の量は20gなので、ブドウ糖負荷は10.4になります。これはブドウ糖を10.4g摂取するのに相当します。
リンゴの場合は、グリセミック指数38の糖質を100g中12.5g含むので、ブドウ糖負荷は4.75になります。
つまり、血糖値に対する影響では、バナナとリンゴを同じ量食べた場合、バナナの方が2倍以上の影響があることになります。
また、ニンジンジュースは100グラム当たりのブドウ糖負荷は4程度ですが、これを1リットリ飲むとブドウ糖負荷は40になります。これは砂糖60gを摂取するのと同じブドウ糖負荷になります。ニンジンジュースはカロテノイドを多く摂取できますが、ブドウ糖負荷を高める点が気になります。野菜ジュースは糖質が少ない野菜を主体にするのが良いと言えます。

【グリセミック指数の高い食品は取らない】

中鎖脂肪ケトン食の場合、糖質の摂取は総カロリーの10%以下を目標にします。1日2400キロカロリーの食事で糖質は60g以下になります。糖質を摂取する場合も、グリセミック指数の低い食品を選ぶようにします。
グリセミック指数の高い炭水化物は食後に血糖が上がりやすく、そのためインスリンの分泌が増えるので、がんや動脈硬化を促進する作用があります。豆やナッツや雑穀の炭水化物はグリセミック指数が低く、精製した穀物や砂糖やこれらを使ったお菓子類(せんべい、クラッカー、餅など)はグリセミック指数の高い炭水化物です。
消化吸収の効率や味を良くする目的で精製加工したり砂糖を多く使ったグリセミック指数の高い食品の摂取が近年多くなっています。このようなグリセミック指数の高い食品は肥満や糖尿病やがんのリスクを高めることが明らかになっています。その主な理由はインスリンの分泌が増えるからです。インスリンを多く出す食事はがんを進行させ、インスリンの分泌を減らすだけでがんを予防し増殖を抑制する効果があることが知られています。したがって、同じ量の糖質を摂取するときもグリセミック指数の低いものを摂取することが大切です。(図)

図:グリセミック負荷(ブドウ糖負荷)が大きい食事は血糖値を上げやすく、上昇した血糖値を下げるためにインスリンの分泌量も多くなる。インスリンはそれ自体にがん細胞の増殖を促進する作用がある。インスリンは脂肪の合成や蓄積を促進して肥満を引き起こし、肥満はインスリン抵抗性を高めるため、さらにインスリンの分泌が増えて悪循環を形成する。グリセミック負荷の高い食事はがんを促進することになり、グリセミック負荷を減らすことはがん細胞の発生や増殖や進展を抑える効果がある。

肉や魚、豆腐、卵、ナッツ類、種子類、アボカド、葉もの野菜や油脂類はグリセミック指数のデータはありません。これらの食品は糖質を全く含有しないか少なすぎるので、グリセミック指数を測定できないためです。本質的にこれらの食物は単独では血糖値にほとんど影響を与えません。

がんの食事療法の定番の「玄米菜食」や「ゲルソン療法」などは、玄米や雑穀や野菜が豊富で、動物性食品を減らすことが基本になっています。玄米や雑穀などグリセミック指数が低い炭水化物はインスリンの分泌を抑えるという観点からはがん細胞の増殖を促進しない効果はあります。このような食事は健康的であり、がんの予防には向いているように思います。しかし、現在存在しているがん組織を縮小させる効果は弱いと言えます。それは、がん細胞が必要とするエネルギーと物質合成の材料であるブドウ糖が豊富に供給されているからです。今あるがん細胞を死滅させるためには糖質を減らすことが基本であり、低糖質・高脂肪食のケトン食の方が抗がん作用は強いことは明らかです。

【全粒穀物(玄米・雑穀米など)のがん予防効果】

進行がんを消滅させることを目的とする中鎖脂肪ケトン食では糖質をできるだけ減らすことを目標にするため、玄米や雑穀などグリセミック指数の低い穀類でも制限するのが基本です。しかし、腫瘍が目に見えない状況で再発予防を目的とする場合は、糖質制限を緩めることはできます。また、中鎖脂肪を多く摂取する場合は、糖質からのカロリー摂取を15%くらいまで増やすことも可能になります。この際、精白した穀類でなく無精白の全粒穀物(whole grain)を食べることが基本になります。

玄米(げんまい)とは、稲の果実である(もみ)から籾殻(もみがら)を除去した状態で、まだ精白されていない段階の米です。精白とは、玄米から(ぬか)と胚芽を取り除き白米にすることです。白米は糠と胚芽を取り除いた胚乳という部分で、ほとんどがデンプン(澱粉)です。糠や胚芽の部分にはビタミン・ミネラル・食物繊維を多く含むので、玄米の方が白米よりも栄養成分が豊富で健康作用も高いことになります。
玄米を精白する主な目的は、米の消化吸収を助け、味を良くするためです。玄米は圧力釜で炊く必要があり、白米に比べると消化が悪いという欠点もあり、胃腸が極端に弱って食欲がない場合には向かない場合もあります。

全粒穀物(ぜんりゅうこくもつ)(whole grains)とは、精白などの処理で糠となる果皮・種皮・胚・胚乳表層部といった部位を除去していない穀物や、それを使った製品です。玄米や、玄米を発芽させた発芽玄米、ふすま取っていない麦、全粒粉の小麦を使った食品、オートミール、アワ、ヒエなどがあります。全粒穀物は精白したものよりも、食物繊維やビタミンヤミネラルが多く栄養価に富みます。さらにホルモン様作用や抗酸化作用など重要な生物活性を持つ様々な成分(フィトケミカル)を多く含みます。例えば、全粒穀物は、フェノール酸、フラボノイド、トコフェノールのような抗酸化作用を持つ成分、リグナンのように弱いホルモン作用を持つ成分、フィトステロールや不飽和脂肪酸のように脂肪代謝に影響する成分などを含んでいます。
食物繊維が多いため消化吸収が遅いので、長時間に渡って空腹感を避けられ、標準体重の維持にも役立ちます。標準体重の維持はがん予防の基本になります。血糖値を急激に上げないためインスリンの分泌が抑えられ、がんの再発や進行の予防にも役立ちます。高インスリン血症はがん細胞の増殖を促進するので、インスリンの分泌量を減らすだけでがん細胞の増殖を遅くできます。

多くの研究で、全粒穀物ががんの発生や再発予防に有効であることが示されています。たとえば、未精製の穀物は大腸がんのリスクを下げることが明らかになっています。糖尿病や心臓病などの生活習慣病のリスクを低下させることも、大規模な疫学研究で明らかになっています。米国では、51%以上の全粒穀物を含む食品にがんや心臓病のリスクを減らす可能性があると表示できることがFDA(米国食品医薬品局)から許可されています。全世界的に、穀物の半分以上を精製されていないものにすることが指導されています。

玄米やその他の雑穀などの全粒穀物を主食にすることは、健康増進を含め、がんの発生や再発の予防に有効であることは間違いないようです。このような全粒穀物に、さらに豆類を加えた雑穀は、栄養補助と健康増進に効果が高まります。豆類に含まれるイソフラボンなどのフラボノイドは抗がん作用があるからです。

【ブドウ糖負荷ががんの発生率を増やす】

大腸がんや乳がんなど幾つかのがんで、ブドウ糖負荷の多い食事が治療後の再発率や死亡率を高めるという研究結果が報告されています。
ステージIIIの大腸がん患者を対象にした研究で、ブドウ糖負荷(グリセミック負荷)が多い食事(高糖質食)は、治療後の再発率を増やし生存期間を短くするという結果が報告されています。(J Natl Cancer Inst. 2012 Nov 7. [Epub ahead of print])
この研究は米国で行われた多施設協同研究で、ステージIIIの大腸がん患者を対象に、ブドウ糖負荷が多い方から少ない方に5段階に分けて、再発率や無病生存期間や生存率などを比較しています。その結果、ステージIIIの大腸がん患者において、ブドウ糖負荷と全炭水化物摂取量が、再発率および死亡率と正に相関することが示されています。つまり、ブドウ糖負荷と全炭水化物摂取量が多いほど再発率と死亡率が高くなるという結果です。
ブドウ糖負荷の高い食事(つまりインスリン分泌量を増やす糖質の多い食事)が乳がんの発生率を高めることが報告されています。EPIC(the European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition)というヨーロッパで行われているがんと食事に関する大規模コホート研究で、11年間の追跡調査で発生した879例の乳がんを解析した結果が報告されています。(Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2012 Apr 10. [Epub ahead of print])
ブドウ糖負荷の多い上位20%のグループは、ブドウ糖負荷が少ない下位20%に比べて、乳がんの発生率が1.45倍であったと報告されています。食品のグリセミック指数や糖質の量には関係せず、ブドウ糖負荷が関連するということです。
つまり、グリセミック指数が高くても摂取量が少なければ良く、糖質の量が多くてもグリセミック指数の低いものであれば良いということです。すなわち、(グリセミック指数  X 糖質)÷100で示されるブドウ糖負荷が乳がんの発生に相関するという結果です。また、同じコホート研究から、糖質摂取量が多いと閉経後のホルモン非依存性の乳がんの発生が多いという結果も得られています。(Am J Clin Nutr 96(2): 345-355, 2012)

ブドウ糖負荷とがんの再発率や死亡率の間に関連は無いというネガティブな研究結果も多数報告されていますので、がんの種類によってブドウ糖負荷の関与に差がありそうです。しかし、一般的にブドウ糖負荷の大きい糖質の多い食事はインスリン分泌を増やし、インスリンおよびインスリン様成長因子-1(IGF-1)のシグナル伝達系を活性化して乳がんや大腸がんを含め多くのがんの発生を高める可能性が高いことは確かです

がんの再発率や死亡率とブドウ糖負荷の間に関連が認められなかったというネガティブな研究結果も多くありますが、ブドウ糖負荷や炭水化物の摂取量を少ない方から多い方に5段階に分けて比較するという手法では差が出にくい可能性もあります。
例えば、前立腺がんの発生とグリセミック負荷や食物繊維や全粒穀物などの関係を検討した大規模疫学研究があります。(Cancer Causes Control. 22(1): 51–61. 2011年)
この研究では、前立腺がんの発生率とグリセミック負荷の間には相関はなかったが、全粒穀物との関係は認めた(全粒穀物の摂取量が多いほど前立腺がんの発生率が低い)という結果が得られています。結果だけみると、グリセミック負荷は前立腺がんの発生に関係しないという結論ですが、グリセミック負荷の少ない方の下位20%(Q1)のグリセミック負荷は103以下、多い方の上位20%(Q5)のグリセミック負荷は145以上となっており、Q1とQ5の間の差が少ないことが判ります。一方、全粒穀物の摂取量は下位20%(Q1)が1日6.5g以下、上位(Q5)が1日34.3g以上とかなりの差があります。つまり、炭水化物の摂取割合は多くの人が全カロリーの50〜70%くらいに入り、極端な糖質制限を行っている人はごく少数なので、上位20%も下位20%もせいぜい1.5倍くらいの差しか無いようです。
一方、全粒穀物の摂取量は、精白したものばかり食べる人と全粒穀物を積極的に食べる人がいるので、Q1(下位20%)とQ5(上位20%)ではかなりの差がでてきます。日本でも、玄米など精白度の低い穀物を主体にする人と、白米のような精白した穀物しか食べないような両極端が多数います。したがって、全粒穀物の摂取量で比較すると前立腺がんの発生率と関連する結果得られるのですが、ブドウ糖負荷で検討しても統計的な有意差はでにくいのかもしれません。

他の臨床研究で、血中インスリン濃度が高い人ほど前立腺がんの発生率が高いというデータがありますので、グリセミック負荷が前立腺がんのリスクと関連する可能性は高いと言えます。ただ、炭水化物の摂取量が40〜80%くらいの間で比較しても差が出にくいと思います。炭水化物摂取量が1日40グラム以下と400グラム以上を比較すると差がでる可能性が高いと思います。まだそのような臨床研究はありませんが、動物実験レベルでは糖質制限ががん細胞の増殖を抑制する結果は数多く報告されています。

まだいろんな議論があり賛否両論はありますが、がんの予防や治療においては、血糖やインスリン分泌を高める糖質の摂り過ぎにもっと注意を払うべきだと思います。ニンジンジュースの大量飲用も、がん予防効果があるカロテノイドが多く摂取できるという利点はありますが、ブドウ糖負荷を高める点が気になります。野菜ジュースも糖質が少ない葉っぱものの野菜を主体に使用する方が良いように思います。玄米菜食も、玄米など精白度の低い穀物を食べていれば安心というのは間違いで、やはりブドウ糖負荷という観点から、摂取量を減らす必要があると思います。

【メモ:日本食はがんや心疾患の予防に効果的な食事か】

国によってがんの種類も心臓病の発症率も異なります。この違いは食生活にあることは多くの研究者が認めています。それでは、どのような食事が良いかということになります。一般的には、「精製度の低い穀物や大豆や野菜や果物を多く摂取する」、「肉と脂肪は少なくする」というのが健康的な食事のコンセンサスです。

現代栄養学では、3大栄養素の炭水化物、脂質、蛋白質の摂取カロリーの比率は、教科書的には3:1:1と言われています。カロリー比率で、糖質が60%、脂肪が20%,蛋白質が20%程度が健康的な食事だと言われています。一般的な日本食というのはこの比率に近く、塩分を減らした伝統的日本食はがん予防の理想の食事だという意見は、がん予防の研究分野では昔からあります。伝統的日本食は塩分が多いことが欠点ですが、他は理想的だと言われています。米国などで寿司や豆腐などの日本食がヘルシーだと言うことで人気なのは良く知られています。
肉や動物性脂肪の取り過ぎが肥満や動脈硬化を引き起こし、糖尿病や心臓病やメタボリック症候群を増やすことは良く知られています。赤身の肉や動物性脂肪の摂取が大腸がんや乳がんや前立腺がんなど欧米型のがんの発生リスクを高めると考えられており、近年の日本におけるこれら欧米型のがんの増加は食事が欧米化しているためだと言われています。
魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)や大豆に含まれるイソフラボンのがん予防効果に関しては多くの研究があります。前述のように、日本食の場合は塩分が多いのが欠点ですが、欧米の食事に比べて魚や大豆製食品やキノコ類や海草類が多く、赤身の肉や動物性脂肪が少ないという点では健康的です。大豆製食品(豆腐や納豆など)や魚の油を多く摂取することは、がんや動脈硬化性疾患の予防に効果があります。
伝統的な日本食の場合、塩分が多い以外にも、主食のご飯は発がんリスクを高める要因として無視できません。糖質は血糖を高めてインスリンの分泌を高めるので、がんを促進する作用があります。米は日本人の主食なので、ご飯が発がんリスクを高めるという意見は長い間タブーになっていたのですが、最近になって糖質制限の健康作用が注目されるようになって、がんの予防や治療においても米食の是非について議論されるようになっています。玄米であれば白米よりグリセミック指数(食後に血糖値を上昇させる程度)が低いので発がん促進作用は少ないと考えられ、玄米菜食ががんの予防や治療の分野では推奨されています。しかし、玄米でも糖質(ブドウ糖)の摂取(ブドウ糖負荷)が増えることが問題であることには変わりがなく、白米よりかはマシですが、糖質制限には及びません。

つまり、がんの再発予防や治療の観点からは、「玄米を主食にした日本食」は「白米を主食にした日本食」より少しは良いのですが、米自体の摂取を減らした「糖質を減らした日本食」あるいは「ケトジェニックな日本食(Ketogenic Japanese Diet)」の方がより抗がん効果が高い可能性が示唆されます。このような食事はがんに関してはまだエビデンスが少ないのですが、肥満や糖尿病やメタボリック症候群の治療においてはエビデンスが蓄積してきています。肥満や糖尿病やメタボリック症候群はがんのリスク要因として重要なので、もしケトン食がこれらの疾患に有効であれば、がんにも有効と言えます。