ケトン食と『がんの酸化治療』:酸化ストレスを高めればがん細胞は自滅する

【がん細胞のミトコンドリアは活性酸素がでやすい】

細胞内のミトコンドリアでは、酸素を使ったエネルギー産生の過程で活性酸素が発生します。活性酸素は細胞内のタンパク質や脂質や核酸を酸化してダメージを与えます。
正常細胞においては、ミトコンドリアにおける物質代謝やエネルギー産生過程は整然とコントロールされており、活性酸素の発生は最小限に抑えられています。つまり、正常な細胞内では活性酸素によるダメージが少ない状態に維持されています。
一方、がん細胞ではミトコンドリアに様々な異常が起こっています。ATPを産生する呼吸鎖にも異常が起こっており、酸素を使ったエネルギー産生過程で大量の活性酸素が産生されやすくなっています。これは、排気ガス処理装置が壊れた自動車が排気ガスをまき散らすのと同じ状態です。
つまり、がん細胞ではミトコンドリアでの酸素消費を増やせば、活性酸素の産生が増えて、酸化ストレスによって細胞が死滅するリスクが高いのです
がん細胞では、このような酸化ストレスの増加を防ぐために、酸素を使わない解糖系でのエネルギー産生を増やしています。つまり、酸素がある条件でも解糖系でのATP産生を増やし、酸素を使ったミトコンドリアでのATP産生を抑制している理由の一つは、酸化ストレスを高めたくないからです。ミトコンドリアでのエネルギー産生を抑制するため、効率の悪い解糖系でエネルギー産生を行う必要があるために、グルコースの取込みと解糖系の亢進が起こっているということになります。
またグルコース-6-リン酸からのペントース・リン酸経路での代謝も亢進しており、この系で産生されるNADPHが細胞内の酸化ストレスを軽減するために利用されます。(下図)

図:がん細胞におけるグルコース代謝の特徴を示している。がん細胞ではミトコンドリアの呼吸鎖の異常などによって酸素を使ってATPを産生すると活性酸素の産生量が増える状況にある。そこでがん細胞ではミトコンドリアでのATP産生(酸化的リン酸化)を抑制して酸化ストレスの増大を防いでいる。そのため、解糖系が亢進し乳酸の産生が増えている。また、ペントース・リン酸経路が亢進し、この経路でできるNADPHは活性酸素の消去に使われる。

【ミトコンドリアでの酸化的代謝が増殖と転移を抑制する】

ミトコンドリアでの酸化的代謝を亢進するとがん細胞の悪性形質(増殖や転移や浸潤能)を抑制できることが報告されています。   
がん細胞のエネルギー産生は解糖系に依存していますが、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が亢進すると活性酸素の産生量が増え、酸化傷害によるダメージで増殖抑制や細胞死を起こすことになります。  
がん細胞内では活性酸素の産生量が増えており、抗酸化システムを活性化して酸化傷害を防いでいます。抗酸化システムというのは、細胞内で抗酸化酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ、カタラーゼなど)や抗酸化物質(グルタチオンやチオレドキシンなど)によって活性酸素を消去して、酸化傷害によるダメージを軽減しようとする防御機構です。がん細胞はこの抗酸化システムを利用して、放射線や抗がん剤による細胞死に抵抗しています。  
がん細胞内では代謝の亢進によって活性酸素の産生量が増えており、抗酸化システムを活性化して酸化傷害を防いでいます。がん細胞は酸化ストレスを軽減するために余分のエネルギーを使うことになるので、酸化ストレスは増殖や転移を抑制する方向で作用しています。  
つまり、酸化ストレスはがん細胞が増殖・転移していく上で邪魔な存在であり、がん細胞は酸化ストレスを高めないように代謝が変更されています。それが、がん細胞でミトコンドリアでの酸素を使ったATP産生(=酸化的リン酸化)が抑制されている理由になっています。  
したがって、抗酸化剤をサプリメントとして摂取すると、がん細胞の酸化ストレスを軽減して助けることになるのです。逆に、がん細胞のミトコンドリアでの酸化的代謝を亢進すると、増殖や転移を抑制できると考えられています。

図:酸化ストレスはがん細胞に負担になるので、がん細胞の増殖や浸潤・転移に対して抑制的に働いている。したがって、抗酸化剤を摂取すると、がん細胞の酸化ストレスを軽減して、増殖や転移を促進することになる。逆に、がん細胞の酸化ストレスを高めると増殖や転移を抑制できる。

【がん細胞の酸化ストレスを高める治療法】

がん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させる治療法は「oxidation therapy(酸化治療)」と呼ばれています。
がん細胞ではミトコンドリアの機能異常などによって酸素呼吸を行うと活性酸素の産生が高まります。 がん細胞は酸化ストレスを高めたくないので、ミトコンドリアでの代謝を抑制し、酸素を使わない解糖系での代謝を亢進させています。
したがって、解糖系を抑制しミトコンドリアでの酸化的リン酸化(酸素を使ったエネルギー産生)を亢進すれば、がん細胞内の酸化ストレスを能動的に高め、がん細胞を死滅させることができます。 放射線治療と一部の抗がん剤(ビンブラスチン、シスプラチン、マイトマイシンC、ドキソルビシン、カンプトテシンなど)は、がん細胞に酸化傷害を引き起こして細胞にダメージを与えて死滅させます。その他の抗がん剤も、細胞死を引き起こすときに活性酸素が使われます。したがって、放射線治療や抗がん剤治療の最中は、抗酸化作用のあるサプリメントの摂取は細胞死を阻害します。一方、酸化ストレスを増強すれば、放射線治療や抗がん剤治療の効き目を高めることができます。
がん細胞は抗酸化酵素(SODやカタラーゼなど)を誘導したりグルタチオンの産生量を増やして、酸化ストレスに対する抵抗性を高めています。これが、薬剤耐性の一つのメカニズムになっているので、抗酸化酵素の誘導やグルタチオンの産生を阻害すると、これらの治療に対する効果を高め、さらに抵抗性獲得を阻害することができます。 がん細胞におけるミトコンドリアの機能低下は不可逆的なものではなく、可逆的に活性化することもできます。
がん細胞で解糖系が抑制されると、エネルギー産生をミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応に移行せざるを得なくなります。酸化的リン酸化に移行できないとエネルギー不足で死滅します。酸化的リン酸化が亢進すれば、酸化ストレスが高まって、がん細胞は自滅します。
糖質摂取を極端に減らしてケトン体を産生しやすい中鎖脂肪酸中性脂肪(MCTオイル)やがん抑制作用のあるω3系不飽和脂肪酸(αリノレン酸、ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸)オリーブオイルの摂取を増やすケトン食はがん細胞に比較的特異的に酸化ストレスを高めることができます。
ケトン食は単独でも抗腫瘍効果がありますが、さらに解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコース、ワールブルグ効果を引き起こしている低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害するシリマリンジインドリルメタン、ミトコンドリアの代謝を活性化するジクロロ酢酸ナトリウム、呼吸鎖を阻害して活性酸素の産生を増やすメトホルミンレスベラトロール、フリーラジカルの産生を増やして酸化ストレスを高めるアルテスネイト半枝蓮、がん組織の過酸化水素の産生を高める高濃度ビタミンC点滴、抗酸化システム(グルタチオン、チオレドキシンなど)を阻害するオーラノフィンジスルフィラムなどを併用するとケトン食の抗腫瘍効果を高めることができます。

図:がん細胞の代謝の特徴であるワールブルグ効果(解糖系の亢進と酸化的リン酸化の抑制)を正常化し、がん細胞の酸化ストレスを高める方法として、がん細胞の解糖系やペントース・リン酸回路を阻害するケトン食と2-デオキシグルコース(2-DG)、ワールブルグ効果を引き起こしてる低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害するシリマリンとジインドリルメタン、ミトコンドリアでの代謝を促進するジクロロ酢酸、呼吸鎖を阻害して活性酸素の産生を高めるメトホルミンやレスベラトロール、細胞質でフリーラジカルを産生するアルテスネイトや半枝蓮や高濃度ビタミンC点滴、グルタチオンやチオレドキシンによる抗酸化システムを阻害するオーラノフィンやジスルフィラムがある。さらに、メトホルミンはグルタミンの利用を阻害し、PPARリガンドのベザフィブラートとケトン食とメトホルミンとレスベラトロールはミトコンドリア新生を促進して活性酸素の産生を増やす。これらを組み合わせると、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害し、さらに酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させることができる。

 

【ケトン体のβヒドロキシ酪酸はミトコンドリアを活性化する】

細胞内のミトコンドリアの増殖を刺激することによって、細胞内のミトコンドリアの数と量を増やすことができます。ミトコンドリアが増えることを「ミトコンドリア新生」や「ミトコンドリア発生」と呼んでいます。細胞内でミトコンドリアが新しく発生することです。通常、既存のミトコンドリアが増大して分かれて増えていきます。  
ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferative activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。 βヒドロキシ酪酸はこのPGC-1αを活性化する作用があります。  
がん細胞のミトコンドリア機能を増やし活性化すると、解糖系が抑制され、乳酸の産生が低下し、がん細胞の増殖や浸潤が抑制されることが明らかになっています。がん細胞のミトコンドリア(酸化的リン酸化)を活性化すると、がん細胞の悪性度は低下することになります。 すなわち、がん細胞の代謝の特徴であるワールブルグ効果を是正し、がん細胞の増殖や転移を抑制します。
ミトコンドリア新生を亢進する方法としてPPAR(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)の汎アゴニストであるベザフィブラート、メトホルミン、レスベラトロール、カロリー制限などがあります。

図:カロリー制限はAMP/ATP比とNAD+/NADH比を高めて、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とサーチュインを活性化し、PGC-1αの発現を亢進する(1)。メトホルミンやレスベラトロールは呼吸酵素複合体Iを阻害して、カロリー制限と類似のメカニズムでPGC-1αたんぱく質の発現を亢進する(2)。βヒドロキシ酪酸やPPARリガンド(ベザフィブラートなど)はPGC-1αたんぱく質の発現を亢進する(3)。 PGC−1αの活性化はミトコンドリアを増やし、酸化的リン酸化を亢進し、解糖系が抑制され、乳酸の産生が低下する(4)。その結果、ワールブルグ効果が是正され、がん細胞の増殖や浸潤が抑制される(5)。

ケトン食の抗がん作用については、マウスの移植腫瘍を使った実験では1987年頃から報告があります。人間での最初の論文は1995年の小児の脳腫瘍の報告です。その後、基礎研究が進められ、ケトン食の抗がん作用に関する臨床試験が進められています。  
ケトン食が抗がん剤や放射線治療の効き目を高める効果が指摘されています。 抗がん剤治療や放射線治療を行うときにケトン食や酸化治療によってがん細胞のエネルギー産生を阻害し、酸化ストレスを高めておけば、治療効果が高まります。

【βヒドロキシ酪酸はグルコースとグルタミンの利用を抑制する】

ケトン体のβヒドロキシ酪酸ががん細胞のミトコンドリアでのグルコースとグルタミンの利用を抑制し、がん性悪液質を改善する作用が報告されています。  
がんの増大によって筋肉と脂肪の両方が減少する状態をがん性悪液質と言います。がん組織が出す炎症性サイトカインなどが脂肪や蛋白質の分解(異化)を進行させるのです。  
悪液質は、脂肪組織だけでなく筋肉組織も進行性に減少するのが特徴で、通常の栄養不良や低カロリー摂取による生理的状態とは異なる病態です。
膵臓がん患者の83%ががん性悪液質の状態になり、膵臓がん関連の死亡の主要な原因となっているという報告があります。
  
膵臓がん細胞を用いた実験で、ケトン食で血中濃度が上昇するβヒドロキシ酪酸が、がん細胞のグルコースとグルタミンの利用を抑制し、細胞増殖と悪液質を抑制するという結果が報告されています。
  
がん遺伝子のc-Mycは解糖系とグルタミン利用(グルタミノリシス)を亢進します。βヒドロキシ酪酸はc-Mycの発現を抑制する作用があります。

がん性悪液質の発症メカニズムで最も重要なのは全身的な慢性的炎症状態です。がん関連の体重減少において筋肉組織の減少が、体力や抵抗力の低下の原因として重要です。筋肉組織の減少によって、体力が低下し、生活の質が悪くなり、治療に対する抵抗力が低下します。ケトン体にはがん細胞の増殖を抑える作用だけでなく、炎症を抑える作用もあります。そのため、ケトン食はがん性悪液質の改善に有効です
末期がんの患者16例を対象に、ケトン食の効果と安全性を検討した報告もあります。この報告では、脂肪と蛋白質が豊富で炭水化物を1日70グラム以下に制限した食事は、臓器の働きを良くし、症状を改善する効果があるという結論が得られています。がん細胞はブドウ糖の利用が高いのですが、筋肉組織など正常組織では脂肪酸や蛋白質の需要が大きいので、糖質を少なくし蛋白質や脂肪の多い食事の方が進行がん患者の状態を良くする効果が高いということです。また、この食事による副作用は認められていません。(Nutr Metab 8(1):54, 2011年)  
ケトン食は食事の糖質をできるだけ減らし、減った分のカロリーを油脂で補う超低糖質高脂肪食です。
ケトン食の詳細と具体的方法については、以下のサイトに解説しています。

http://www.ketogenic-diet.org/

拙著『ブドウ糖を絶てばがん細胞は死滅する!今あるがんが消えていく「中鎖脂肪ケトン食」(彩図社, 2013年)』『やせる! 若返る! ケトン体食事法(洋泉社, 2016年)』もご参照下さい。

その他の方法については以下のサイトをご参照下さい。()内は1ヶ月分の凡その費用です。

2-デオキシ-D-グルコース(30,000円〜36,000円)

ジクロロ酢酸ナトリウム+ビタミンB1(15,000円)

メトホルミン(6,000〜9,000円)

レスベラトロール(15,000円)

オーラノフィン(6,000円)

ジスルフィラム(12,000円)

アルテスネイト(12.000円)

半枝蓮(10,000円)

高濃度ビタミンC点滴(8〜12万円)

シリマリン(5,000円)

ジインドリルメタン(9,000円)

ベザフィブラート(3,000円)

このうち、中心となる組合せは、ケトン食+2-デオキシ-D-グルコース、ジクロロ酢酸ナトリウム(+ビタミンB1)、メトホルミン、オーラノフィン、ジスルフィラムです。 ケトン食以外の薬代の1ヶ月分が6〜7万円になります。