◇ メタボリック症候群とケトン食

メタボリック症候群にケトン食が有効である理由と科学的根拠を解説しています

【インスリン抵抗性がメタボリック症候群を引き起こす】

メタボリック症候群というのは、内臓脂肪型肥満に高血糖・高血圧・脂質異常症のうち2つ以上を合併した状態を言います。
国際糖尿病連合の基準では、腹囲男性90cm、女性80cm以上が必須で、かつ1)血圧130/85mmHg以上、2)中性脂肪150mg/dL以上、3)HDLコレステロールが男性40mg/dL、女性50mg/dL未満、4)血糖100mg/dL以上、の4項目のうち2項目以上がある場合にメタボリック症候群と診断されます。  
日本の診断基準は少し違います。日本肥満学会の基準は、腹囲男性85cm、女性90cm以上が必須で、かつ1)血圧130/85mmHg以上、2)中性脂肪150mg/dL以上またはHDLコレステロール40mg/dL未満、3)血糖110mg/dL以上の3項目中2項目以上がある場合となっています。  
メタボリック症候群は内臓脂肪の蓄積によって脂肪組織におけるアディポネクチンの産生が減少し、インスリン抵抗性が起こることが基礎になっています。  
アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される善玉ホルモンのような蛋白質で、肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用があります。  
インスリン抵抗性によって血中インスリン濃度が高い状態(高インスリン血症)が持続することによって肥満や糖尿病や動脈硬化の進展が促進する病気がメタボリック症候群と言えます。  
ケトン食自体にアディポネクチンの産生を増やす作用が報告されています。このような作用によって、ケトン食にはメタボリック症候群を改善する顕著な効果が報告されています。

【ケトジェニック地中海料理のメタボリック症候群改善効果】

循環器疾患やがんに対する予防効果が優れていると言われているのが地中海料理です。地中海料理とは、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペインなどのヨーロッパや北アフリカ諸国の地中海沿岸の料理で、野菜や果物や豆類や魚介類が豊富で、オリーブオイルをふんだんに使うのが特徴です。適量の赤ワインを飲むことも心血管リスクの低減に関与していると言われています。  
地中海沿岸地域の人たちは、このような食生活のおかげで心臓病による死亡率が低いと言われています。地中海料理ががんやアルツハイマー病などの神経変性性疾患のリスクを減少させるという研究結果も出ています。  
地中海料理は穀類も多いのですが、穀類(糖質)を極端に減らしたケトジェニックな地中海料理(ketogenic Mediterranean diet)が、さらに循環器疾患やメタボリック症候群のリスクを下げる結果が報告されています。  
例えば、BMIが25以上の肥満者106人(男性19名、女性87名:年齢18から65歳)を対象に、糖質を極端に減らした地中海料理を6週間摂取した効果がイタリアのパドヴァ大学(University of Padova)から報告されています。(Nutr J. 2011 Oct 12;10:112.)  
6週間後、BMI (31.45 Kg/m2 → 29.01 Kg/m2)、 体重 (86.15 kg → 79.43 Kg) 、体脂肪率 (41.24%→ 34.99%)、 腹囲 (106.56 cm → 97.10 cm)、 総コレステロール (204 mg/dl → 181 mg/dl)、 LDLコレステロール(150 mg/dl → 136 mg/dl)、中性脂肪 (119 mg/dl → 93 mg/dl) 、血糖 (96 mg/dl → 91 mg/dl)において統計的有意な低下が認められました(p < 0.0001)。
一方、善玉コレステロールのHDL-コレステロールは有意な上昇(46 mg/dl → 52 mg/dl)が認められました(p < 0.0001)。
つまり、地中海料理をベースにしたケトン食は、体重を減らし、心血管リスクを軽減し、腹囲を低下させる効果が認められました。  
この論文で使われた地中海料理をベースにしたケトン食では、摂取カロリーの比率は、糖質12%、脂肪52%、蛋白36%になっています。糖質は1日34g、脂肪は1日63g、蛋白質は1日99gが平均です。生の緑色野菜を1回の食事当たり200g、肉・魚・卵は1日2回、オリーブオイルは1日60gを使っています。カロリー制限は行っていませんが、糖質を制限しているので、結果的に1日の総摂取カロリーは1200キロカロリー程度に減っています。

【スペイン風地中海式ケトン食のメタボリック症候群改善効果】

ケトン体を増やすためには、糖質とカロリーの両方の摂取を減らす(低糖質食+カロリー制限)か、糖質を減らし脂肪摂取を増やす(低糖質+高脂肪食)必要があります。
このような食事が健康に良いという考えは数年前までは極少数の意見で、医学の主流からは認められていませんでした。しかし、最近、ケトン体を増やすケトン食が健康的な食事という報告が増えています。  
スペイン料理はイベリア半島の山の幸と地中海の海の幸をよく生かした料理で知られます。オリーブオイルやニンニクの使用が多く、新鮮な魚介類を使用した煮込み(パエリア)や豆料理(ファバーダ)などが有名です。これらの料理は赤ワインとともに提供されます。このようなスペイン料理でも糖質を極端に減らしたケトン食(スペイン風地中海式ケトン食)が、メタボリック症候群の治療に効果があることが報告されています。  
例えば、ケトジェニックなスペイン風地中海料理(Spanish Ketogenic Mediterranean Diet)によるメタボリック症候群を改善する効果が、スペインのコルドバ大学から報告されています。(J Med Food. 14(7-8):681-687, 2011年)  
メタボリック症候群の肥満した22人(男性12名、女性10名)が自由な生活条件のもとで、この食事療法を行いました。12週後にはLDLコレステロールは126.25 mg/dL から103.87 mg/dLに統計的有意に改善しました(P < .001)。
メタボリック症候群に関連するその他の指標も、体重(106.41 kg →91.95 kgへ減少)、BMI(36.58 kg/m² → 31.69 kg/m²へ減少)、腹囲(111.97 cm → 94.70 cmへ減少)、空腹時血糖(118.81 mg/dL → 91.86 mg/dLへ低下)、中性脂肪(224.86 mg/dL → 109.59 mg/dLへ減少)、HDL-コレステロール(44.44 → 57.95 mg/dLへ上昇)、収縮期血圧(141.59 mm Hg → 123.64 mm Hgへ低下)、拡張期血圧(89.09 mm Hg →76.36 mm Hgへ低下)のいずれも改善しました。  
LDL-コレステロールはいわゆる悪玉コレステロールで、HDL-コレステロールは善玉コレステロールと言われるものです。したがって、LDL-コレステロールが減少し、HDL-コレステロールが上昇するのは、動脈硬化の予防に有効です。  
最も改善が顕著であったのは中性脂肪で51.26%の減少でした。12週後には、全ての参加者はメタボリック症候群の基準からはずれました。参加者の77.27%はまだBMIが30以上でしたが、中性脂肪とHDL-コレステロールは全ての参加者において正常化しました。  
つまり、このケトジェニックなスペイン風地中海料理は、メタボリック症候群の患者を改善する有効で安全な方法であることが証明されたということです。

【ケトン食は脂肪肝を改善する】

同じ研究グループ(スペインのコルドバ大学)は、このスペイン地中海式ケトン食(ケトジェニックなスペイン風地中海料理:Spanish Ketogenic Mediterranean Diet)が非アルコール性脂肪肝の改善にも有効であることを報告しています。(J Med Food 14(7-8):677-680, 2011年)  
非アルコール性脂肪肝はメタボリック症候群との関連が強いので、メタボリック症候群(国際糖尿病連合のガイドラインによる)と非アルコール性脂肪肝(ALTが40U/L以上で腹部エコー検査により診断)の患者に対する自由な生活条件下における12週間のスペイン地中海式ケトン食の治療効果を評価する目的で、診断基準に合う14名の男性を対象に前向き試験が行われました。  
スペイン地中海式ケトン食による12週間の食事療法で、体重は109.79kg から95.86kgに減少、 LDL-コレステロールは123.43mg/dL から100.35mg/dLへ減少、ALT(GPT)は 71.92 U/L から 37.07 U/Lへ低下、AST(GOT)は47.71 U/L から 29.57 U/Lに低下、肝臓における脂肪沈着は21.4%の患者で完全に消滅し、92.86%の患者において脂肪沈着の程度の減少が認められました。  
メタボリック症候群に関連する指標であるBMI(36.99 kg/m²から32.42 kg/mへ低下)、腹囲(114.01cm から 98.59cmへ減少)、空腹時血糖(118.57 mg/dL から 90.14 mg/dLへ低下)、中性脂肪(232.64 mg/dL から 111.21 mg/dLへ低下)、HDL-コレステロール(42.81 mg/dL から58.71 mg/dLへ上昇)、収縮期血圧(142.86 mm Hg から 125.36 mm Hgへ低下)、拡張期血圧(89.64 mm Hg から 77.86 mm Hgへ低下)のいずれも著明な改善が認められました。  
この食事療法によって、全ての参加者はメタボリック症候群の診断基準(国際糖尿病連合のガイドライン)からはずれ、全ての参加者において、BMIが30以上であるにもかかわらず中性脂肪とHDLコレステロール値は正常化しました。  
以上の結果から、スペイン地中海式ケトン食(ケトジェニックなスペイン風地中海料理:Spanish Ketogenic Mediterranean Diet)はメタボリック症候群で非アルコール性脂肪肝の患者に対する有効で安全な治療法であることが証明されました。