◇ ケトン食の抗がん作用:臨床研究

中鎖脂肪ケトン食の抗がん作用に関する臨床試験の結果を紹介しています

【ケトン食でがんが縮小する臨床報告が増えている】

がんを移植したネズミを使った実験では、ケトン食ががんの増殖速度を遅くし、生存期間を延ばす効果があることが報告されています。この場合、カロリー制限を併用すると抗腫瘍効果が高いのですが、中鎖脂肪酸を多く使いケトン体の産生を増やすケトン食であれば、カロリー制限をしなくても、がん組織の増殖を抑え、生存期間を延ばすことが確認されています。
人間でも、脳腫瘍などの悪性腫瘍の治療におけるケトン食の有効性が報告されています。
ケトン食によるがん治療の有効性が最初に報告されたのは1995年のことです。米国のオハイオ州クリーブランドのケース・ウェスタン・リザーブ大学からの報告で、進行した小児がん(脳腫瘍)の患者をケトン食を使って治療し、全身の栄養状態に悪影響を及ぼさずにがん細胞の増殖を抑えることができたという臨床試験の結果を報告しています。
この報告では、進行した悪性星細胞腫という脳腫瘍の女児2名を、中鎖脂肪酸トリグリセリド(以下、中鎖脂肪と略す)を60%、他の脂肪10%、蛋白質20%、炭水化物10%というケトン食を使って、8週間外来通院で治療を行っています。
ケトン食を開始して7日後には血糖値は正常下限まで低下し、血中ケトン体は20〜30倍に増加しました。PET検査の測定では、ブドウ糖の取り込みは平均21.8%低下しました。患者の一人は、臨床症状の著明な改善と長期間の延命効果が認められています。(J Am Coll Nutr. 14(2):202-8.1995年)
浸潤性の星細胞腫の中でも最も悪性度の高い多形神経膠芽腫(glioblastoma multiforme)は人間のがんの中でもとりわけ予後の悪いがんです。完全に切除できてもほとんどが再発します。手術後に抗がん剤と放射線照射を併用した治療が標準ですが、平均生存期間は数ヶ月です。
この治療が困難で予後不良な脳腫瘍の治療(抗がん剤治療+放射線治療)にケトン食療法を併用すると、今までに経験しないような劇的な治療効果が得られたという症例報告があります。手術で完全に切除できなかった65歳女性の多形神経膠芽腫の患者に対して、1日摂取カロリーを600キロカロリーに制限し、ケトン比を4:1(脂肪:蛋白+炭水化物)に設定したケトン食を行い、著明な抗腫瘍効果が認められています。(Nutrition & metabolism. 7:33, 2010年)
脳腫瘍以外のがんでも、ケトン食が抗がん剤治療や放射線治療の効果を高めることが報告されています。
人間の胃がんをヌードマウスに移植した実験モデルでは、ω3不飽和脂肪酸と中鎖脂肪酸を使ったケトン食で飼育すると、がんの増殖が遅くなったという報告があります。したがって、中鎖脂肪を多く摂取してケトン体を大量に産生すると同時に、脂ののった青背の魚(ドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸が豊富)やαリノレン酸が豊富な亜麻仁油や紫蘇油を多く使うと、より抗腫瘍効果を高めることができます。

【ケトン食療法は進行がんに対しても安全で有効】

悪性度の高い大腸がん細胞をマウスに移植して、がん性悪液質を起こす実験モデルでケトン食の効果を検討した研究があります。
がんを移植されたマウスは、がんの増殖に応じて、体の脂肪や筋肉の量が減少し体重が減ってきます。このようにがんの増大によって筋肉と脂肪の両方が減少する状態をがん性悪液質と言います。
がん組織が出す炎症性サイトカインなどが脂肪や蛋白質の分解(異化)を進行させるのです。この実験モデルにおいて、総カロリーの80%を中鎖脂肪酸から得るようなケトン食を与えると、体重の減少が抑制され、さらに腫瘍自体の成長も抑えられる結果が得られています。ケトン体には、がん細胞の増殖を抑える作用だけでなく、炎症を抑える作用もあり、がん性悪液質の改善にも効果が期待できることを示しています。(Br. J. Cancer, 56: 39-43, 1987年)
末期がんの患者16例を対象に、ケトン食の効果と安全性を検討した報告もあります。この報告では、脂肪と蛋白質が豊富で炭水化物を1日70グラム以下に制限した食事は、臓器の働きを良くし、症状を改善する効果があるという結論が得られています。
がん細胞はブドウ糖の利用が高いのですが、筋肉組織など正常組織では脂肪酸や蛋白質の需要が大きいので、糖質を少なくし蛋白質や脂肪の多い食事の方が進行がん患者の状態を良くする効果が高いということです。また、この食事による副作用は認められていません。(Nutr Metab 8(1):54, 2011年)
米国ニューヨーク州のアルバート・アインシュタイン医科大学の放射線科のグループが、ケトン体を増やす糖質制限食の安全性と有効性を検討する目的で、10例の進行がん患者を対象に臨床試験を行っています。この研究では、根治治療不可能な進行がん患者でPET検査で腫瘍を検出し、パフォーマンスステータス(performance status:PS)が0〜2で比較的良く、諸臓器機能が正常で糖尿病が無く、最近の体重減少を認めず、BMI(Body Mass Index)が20kg/m2以上の条件を満たす10例を対象に、26〜28日間の糖質制限食を実施しています。その結果、食事療法開始前に腫瘍の早い進行を認めていた9例のうち5例で病状安定(stable disease)あるいは部分奏功(partial remission)をPET検査で確認できました。
病状安定とはがんが大きくならなかったことで、部分奏功とは画像検査で長径が30%以上(あるいは面積が50%以上)縮小した場合を言います。効果を認めたこの5例は、進行を続けた4例と比較して、血中のケトン体の量が3倍くらい高かったという結果でした。腫瘍増殖の抑制を認めた5例と進展した4例の間には、カロリー摂取や体重減少の程度には差を認めませんでしたが、ケトン症のレベルは血清インスリンの濃度と逆相関の関係にありました。(Nutrition 28(10): 1028-35, 2012年)
つまり、この臨床試験では、「インスリンの分泌を阻害する食事療法(糖質制限によるケトン食)は進行がん患者において安全に実施できる」「この食事療法による抗腫瘍効果(病状安定および部分奏功)は、摂取カロリーや体重減少の程度とは関係せず、ケトン症の程度(血中ケトン体の濃度)に相関する」という2点が確認されています。
インスリンががん細胞の増殖を促進することは十分な根拠があります。インスリンの分泌を少なくする糖質制限食ががん細胞の増殖を抑制することも多くの動物実験や臨床試験などで証明されています。さらに、ケトン体ががん細胞の増殖を抑制する効果があり、糖質制限と高脂肪食によるケトン食が抗がん作用を示すことも最近多くの研究で明らかになっています。さらにこの報告は、進行がんの治療としてケトン食が十分に効果が期待できることを示しています。
この研究で最も重要な結果は、血中のケトン体濃度が高いほど、がん細胞の増殖抑制効果が高いという点です。カロリー摂取や体重減少とは関連せず、ケトン体の血中濃度のみが奏功率と関連するということです。したがって、糖質制限と高脂肪食によるケトン食を行うとき、ケトン体を増やす工夫が最も重要だということです。
ケトン体を増やすためには、中鎖脂肪を多く摂取し、長鎖脂肪酸の吸収とβ酸化による分解を促進するために脂肪分解酵素のリパーゼと肝臓での長鎖脂肪酸のミトコンドリアへの運搬を促進するL-カルニチンの摂取は有効です。このような方法を用いて、ケトン体を多く産生させると、食事だけでがんを縮小できるのです。