代謝をターゲットにしたがん治療: 

がん細胞の代謝の特徴と、それをターゲットにしたがん治療法について紹介します。
がん細胞のワールブルグ効果を是正するとがん細胞は自滅させることができます。

  • 細胞のエネルギー源は主にグルコース(ブドウ糖)であり、グルコースを分解してエネルギー(ATP)を産生します。

  • この際、細胞質では酸素を使わない(anaerobic)解糖(Glycolysis)でATPが少量産生され、さらにミトコンドリアで酸素を使った(aerobic)酸化的リン酸化(Oxydative Phosphorylation: OXPHOS)で大量のATPが産生されます。
  • グルコースからピルビン酸(Pyruvic acid)に変換される過程を解糖(Glycolysis)と言います。

  • 酸素が十分に使える条件では、ピルビン酸はミトコンドリアに入り、アセチルCoAに変換されてTCA回路で代謝され、さらに酸化的リン酸化によってATPが産生されます。

  • 1分子のグルコース当たり、解糖系だけでは2分子のATPが産生されますが、ミトコンドリアで酸化的リン酸化で完全に分解されると、1分子のグルコース当たり、32〜最大で38分子のATPが産生されます。
  • がん細胞では、酸素が十分に利用できる状況でも、酸素を使ったミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されています。

  • グルコースから解糖系でピルビン酸に変換されたあと、ピルビン酸はミトコンドリアに入らずに、乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase:LDH)で乳酸(Lactate)に変換されます。

  • がん細胞ではLDHは発現量と活性が亢進し、乳酸の産生量が増えています。
  • 正常細胞でも、短距離を全力でダッシュするときの筋肉のように、酸素の供給が間に合わないときは、酸素を使わない解糖でグルコースからATPを産生します。これを嫌気性解糖(Anaerobic glycolysis)と言います。

  • 嫌気性解糖では1分子のグルコースから2分子の乳酸と2分子のATPが産生されます。乳酸は増えると乳酸アシドーシスを引き起こすので、肝臓などで乳酸からグルコースが作られます(糖新生)。これをコリ回路(Cori cycle)と言います。

  • 糖新生は同化反応でATPを消費します。2分子の乳酸から1分子のグルコースを作るのに6分子のATPを消費します。したがって、ある局所で嫌気性解糖が亢進していると、体全体ではATPを消費することになります。
  • がん細胞は、筋肉の嫌気性解糖と同様に、乳酸の産生が増えています。筋肉の場合は、有酸素運動のように酸素が十分に利用できる状況では、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化でのATP産生に切り替わります。

  • しかし、がん細胞の場合は、酸素が十分に利用できる状況でも、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制され、酸素を使わない解糖系でのATP産生が亢進し、乳酸の産生が亢進しています。これを好気性解糖(Aerobic glycolysis)あるいはこれを発見したオットー・ワールブルグ博士にちなんでワールブルグ効果(Warburg effect)と言います。

  • がんが大きくなって、解糖系が亢進していると、乳酸からグルコースへの変換でATPを消費するので、進行がんでの体重減少や倦怠感の原因の一つになります。
  • 酵母(Yeast)は酸素が無いと発酵(Fermentation)でATPを産生しますが、酸素が利用できると酸素呼吸(Respiration)でATPを産生します。

  • 筋肉は酸素が使えない状況では発酵(嫌気性解糖Anaerobic glycolysis)でATPを産生しますが、酸素が使える有酸素運動では酸素呼吸(Respiration)でATPを産生します。

  • しかし、がん細胞では、酸素が使えない場合も、使える場合も、どちらも酸素を使わない解糖系でのATP産生が亢進しています。
    酸素が無い状況では嫌気性解糖(Anaerobic glycolysis)と言い、酸素が使える状況でも解糖系でATPを産生することを好気性解糖(Aerobic glycolysis)と言います。
    つまり、がん細胞は酸素を使いたがらない生き物です。
  • 嫌気性解糖でピルビン酸から乳酸に変換する乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase)の量と活性が亢進しています。

  • なぜ、ピルビン酸で止まらないで乳酸に変換されるかというと、その理由は、解糖系で還元されたNADH(還元型ニコチンアミドジヌクレオチド)を酸化型のNAD+に戻すためです。NAD+が枯渇すると解糖系が進行しなくなります。
    この反応によって、酸素が無い状況でもグルコースを分解してATPの産生を続けることができます。その結果、がん細胞では、乳酸の産生が増えています。
  • がん細胞では、グルコースの取込みと解糖系での代謝が亢進し、乳酸の産生が増えています。

  • がん細胞ではピルビン酸のミトコンドリアへの取込みが阻害されており、さらにピルビン酸脱水素酵素の活性が阻害されているので、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換が抑制されています。

  • 一方、アミノ酸のグルタミン(Glutamine)はTCA回路を利用してアミノ酸や脂肪酸の合成を増やしています。がん細胞でも酸化的リン酸化によるATP産生はある程度は起こっています。
  • 2-デオキシ-D-グルコースは解糖系を阻害し、ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素を活性化してピルビン酸からアセチルCoAへの変換を亢進して酸化的リン酸化を亢進します。

  • ケトン食はがん細胞の解糖系を阻害すると同時に、脂肪酸やケトン体はミトコンドリアでしか代謝できないため、酸化的リン酸化を亢進します。

  • 酸素呼吸(酸化的リン酸化)は活性酸素の産生を増やし、酸化ストレスを亢進します。酸化ストレスの亢進はがん細胞に負担になるので、がん細胞の増殖を抑制し細胞死を誘導します。

  • メトホルミンは糖新生(Gluconeogenesis)を阻害する作用があります。乳酸産生が亢進した状況でメトホルミンで糖新生を阻害すると乳酸アシドーシスを引き起こします。

  • 2−デオキシ-D-グルコースやジクロロ酢酸ナトリウムやケトン食で解糖系を阻害し、ミトコンドリアでの代謝を亢進し、乳酸産生を阻止すれば、乳酸アシドーシスの発生を阻止できます。
    ジクロロ酢酸ナトリウムは乳酸アシドーシスの治療に使用されています。
    これらの組合せは、副作用を防ぎ、抗がん作用を相乗的に高めます。
  • がん細胞は正常細胞に比較して、大量のグルコースを取込みます。この特徴を利用した検査法がPET検査(Positron Emission Tomography)です。

  • これはフッ素の同位体で標識したグルコース(18F-fluorodeoxy glucose:フルオロデオキシグルコース)を注射して、この薬剤ががん組織に集まるところを画像化することで、がんの有無や位置を調べる検査法です。
    正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取り込みが非常に高いがん細胞の特性を利用した検査法です。
  • がん細胞は増殖するためにエネルギー(ATP)産生と、たんぱく質や脂質や核酸などの物質の合成を高める為に、特にグルコースグルタミンの利用が増えています。
    がん細胞にとって、2大栄養素はグルコースとグルタミンです。
  • がん細胞ではグルコースの取込みと解糖系が亢進し、乳酸の産生が増えています。解糖系から派生するペントースリン酸回路などで核酸やアミノ酸などの物質合成が亢進しています。

  • グルタミンはTCA回路に入ってアミノ酸の合成や、クエン酸から脂肪酸合成を亢進しています。
    TCA回路で産生されるクエン酸は細胞質に出てアセチルCoAに変換されて脂肪酸合成に使用されます。
  • 急激に増殖するがん細胞のミトコンドリアでは、通常の「時計回り」のTCA回路に加えて、逆の向きの「反時計回り」の還元的カルボキシル化(reductive carboxylation)という経路で脂肪酸合成が亢進しています。
  • 非増殖細胞ではグルコースはミトコンドリアでTCA回路と酸化的リン酸化(OXPHOS)でATPが産生されます。

  • がん細胞ではグルコースの取込みと解糖系での代謝が亢進し、乳酸の産生が増えています。
    物質合成(anabolism)を亢進し、細胞増殖を促進します。

  • 乳酸は組織を酸性化し、がん細胞の浸潤や血管新生を亢進し、免疫細胞の活性を低下させ、がん細胞の増殖や転移を促進します。
  • 正常細胞では、グルコースが解糖系で産生されたピルビン酸はミトコンドリアに取込まれて、TCA回路と酸化的リン酸化でATPが産生されます。
    脂肪酸やケトン体もアセチルCoAに分解されてミトコンドリアで代謝されます。

  • ミトコンドリアでの酸素呼吸では活性酸素が産生されます。この活性酸素による酸化ストレスを軽減するために、細胞はグルタチオンやチオレドキシンやスーパーオキシドディスムターゼなどの抗酸化システムを持っています。

  • 解糖系から派生するペントース・リン酸経路(Pentose Phosphate Pathway)では、抗酸化システムに必要なNADPHを産生し、さらに、核酸などの合成に使われます。
  • 一方、がん細胞では、グルコースの取込みと解糖系が亢進し、乳酸の産生が増えています。ペントース・リン酸経路も亢進してNADPHの産生や、核酸の合成が亢進しています。

  • ミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生は抑制されていますが、ある程度のATP産生は行われており、活性酸素の産生が増えています。
    がん細胞では呼吸鎖の異常などがあるため、正常細胞に比べてミトコンドリアでの酸素呼吸を増やすと活性酸素の産生が増え、酸化ストレスが亢進しやすい状況になっています。

  • 脂肪酸やケトン体はミトコンドリアで代謝されるため、がん細胞が脂肪酸やケトン体を多く使うと酸化ストレスを高める結果になります。

  • 酸化ストレスを軽減するため、NADPHの産生を増やし、グルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化システムの抗酸化力を高めています。
  • がん細胞の解糖系を阻害し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を亢進すると、がん細胞の酸化ストレスが亢進します。
    解糖系やペントース・リン酸経路を阻害すると物質合成を阻害し、乳酸の産生が減ると、がん細胞の浸潤や転移が抑制できます。

  • さらにミトコンドリアでの酸素呼吸で活性酸素の産生が増え、酸化ストレスが亢進すると、がん細胞の増殖や転移が抑制されます。酸化ストレスはがん細胞にとって負荷になるためです。

  • そこで、がん細胞は抗酸化システムを亢進しています。したがって、抗酸化システムの阻害はがん細胞の酸化ストレスを亢進できます。

  • つまり、がん細胞の解糖系と抗酸化システムを阻害して、ミトコンドリアでの酸素呼吸を増やすと、がん細胞は酸化ストレスによって増殖が抑制されます
  • 解糖系は酸素を使わない代謝なので、活性酸素は産生しません。
    一方、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は酸素呼吸であり、活性酸素の産生が増え、酸化ストレスが亢進します。

  • 軽度の酸化ストレスはがん遺伝子を活性化し、細胞増殖や血管新生や転移を亢進します。
    しかし、高度の酸化ストレスは細胞にダメージを与え、細胞周期の停止、細胞老化、細胞死を誘導します。

  • つまり、がん細胞の酸化的リン酸化を亢進して酸化ストレスを高めることは、がん細胞の増殖や転移を抑制し、細胞死を誘導することになります。
  • 絶食(Fasting)すると体脂肪が燃焼してケトン体が産生されます。ケトン体βヒドロキシ酪酸アセト酢酸アセトンです。

  • ケトン食は、超低糖質で高脂肪食の食事で、絶食せずにケトン体の産生を増やす食事療法です。

  • 絶食では体脂肪が燃焼してケトン体が産生されますが、ケトン食では、食事から摂取した脂肪を燃焼させます。糖質を極端に減らして、脂肪の多い食事をすると、絶食と同様にケトン体を産生できます。

  • ケトン食は難治性てんかんの治療法として100年以上前から行われている食事法です。
    絶食するとてんかんを抑制できますが、絶食は体重を減らすので長期間実施することはできません。ケトン食は体重を減らさずに絶食と同じ効果が期待できます。
  • 絶食すると、筋肉や肝臓のグリコーゲンは半日から1日程度で枯渇し、体脂肪から脂肪酸が遊離し、肝臓や腎臓などでケトン体が合成されます。

  • 血糖は肝臓における糖新生によって正常の下限域で維持されます。

  • ケトン体のβヒドロキシ酪酸やアセト酢酸の血中濃度は時間とともに増加し、特にβヒドロキシ酪酸は絶食後1週間程度で血糖より濃度が高くなります。
    ケトン体は脳の神経細胞など多くの臓器の細胞のエネルギー源として利用されます。
  • 絶食や低糖質食でグルコースの供給が無いと、TCA回路を回すために必要なオキサロ酢酸が欠乏し、脂肪酸の分解でできたアセチルCoAは肝臓でケトン体合成に利用されます。

  • グルコースが十分に供給されている条件では、脂肪酸が燃焼してもケトン体の合成は起こりません。
    グルコースの供給が制限された条件で脂肪酸が燃焼するとケトン体が合成され、血中のケトン体濃度が上昇します。
  • ケトン食(Ketogenic diet)は超低糖質で高脂肪の食事です。

  • オリーブオイル、ココナッツオイル、中鎖脂肪酸、ω3系不飽和脂肪酸の魚油、ナッツ類、アボカドなどの脂肪の多い食品を多く摂取します。肉や卵や魚などのたんぱく質も問題ありません。

  • 糖質の少ない葉物野菜や食物繊維の多い海草類やキノコ類も多く摂取して構いません。

  • しかし、食後に血糖を高める糖質は極端に減らします。穀類、イモ類、根菜類、砂糖、甘い果物などは食べません。
  • 食事から摂取した栄養素のうち、エネルギー源になるのは糖質脂肪たんぱく質です。

  • 糖質は消化管でグルコースに分解されて吸収されます。
    たんぱく質はアミノ酸に分解されて吸収され、肝臓でたんぱく質合成に利用されます。一部のアミノ酸はグルコースに変換されてエネルギー源になります。

  • 脂肪は脂肪酸グリセロールに分解され、グリセロールは糖新生でグルコースに変換されます。
    脂肪酸はミトコンドリアで分解されてアセチルCoAになってエネルギー産生に使用されます。この際、グルコースの供給が少ないと、肝臓でケトン体合成に使用せれます。

  • 正常細胞はグルコースもケトン体も利用できます。がん細胞はグルコースの利用が増えていますが、ケトン体の利用は制限されています。ミトコンドリアでの酸素呼吸を抑制しているからです。
    ケトン体(特にβヒドロキシ酪酸)はがん細胞の増殖を抑制する作用が報告されています。
  • ケトン食はグルコースの取込みと解糖系とペントース・リン酸経路の代謝を阻害します。

  • 脂肪酸やケトン体がミトコンドリアで代謝されると、活性酸素の発生が増えて、酸化ストレスが亢進します。

  • ペントース・リン酸経路の阻害と酸素呼吸の増加は酸化ストレスを亢進し、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導します。
  • がんのケトン食では、抗腫瘍効果のあるω3系多価不飽和脂肪酸の多い、亜麻仁油、くるみ、魚油を多く摂取します。

  • ココナッツオイル中鎖脂肪酸(MCTオイル)を多く摂取するとケトン体の産生を増やすことができます。その他、オリーブオイルも多く摂取します。
  • 中鎖脂肪酸を100%含有する中鎖脂肪酸中性脂肪(MCTオイル)が販売されています。

  • MCTオイルは炭素数8個のカプリル酸(caprylic acid)と炭素数10個のカプリン酸(capric acid)が主体です。

  • ココナッツオイルは炭素数12個のラウリン酸(lauric acid)が主体です。

  • 最近はβヒドロキシ酪酸のサプリメント(Ketone supplement)も販売されています。
  • 長鎖脂肪酸中性脂肪(Long-chain Triglyceride)は小腸でリパーゼで分解されたあと、リンパ管経由で吸収されますが、中鎖脂肪酸(Medium-chain Triglyceride)はリパーゼで分解されたあと、門脈から吸収されて、すぐに肝臓で分解されてケトン体合成に使用されます。

  • 長鎖脂肪酸はミトコンドリアに入るのにカルニチンが必要ですが、中鎖脂肪酸はカルニチンが不要です。肝臓で直ぐに分解されて3時間くらいで血中のケトン体が増えてきます。

  • 長鎖脂肪酸は感染防御や免疫系に負荷がかかりますが中鎖脂肪は影響が少なく、また組織への蓄積傾向や臓器障害のもととなる脂質過酸化反応も少ないためより安全に摂取できます。
  • 血中のケトン体を簡易に測定する機器もあります。指から少量の血液を採取してβヒドロキシ酪酸の濃度を測ります。

  • 正常では0.1〜0.2mM程度です。絶食すると1週間程度で5〜6mM程度に上昇します。
  • 例えば、MCTオイルを30グラム摂取すると3時間後に1〜2mM程度に上がります。

  • βヒドロキシ酪酸のサプリメント(KetoCaNa)を摂取すると1〜2時間で1mM程度に上がります。

  • 日頃からケトン食を実践するとβヒドロキシ酪酸の血中濃度を3mM以上を維持することもできます。
  • 2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコースの2位のOHがHになったグルコース類縁体です。

  • 2−DGはヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸に変換されたあと、それ以降の解糖系酵素で代謝されないので、細胞内に蓄積します。その結果、2-DG-6リン酸はフィードバックでヘキソキナーゼを阻害し、グルコースの代謝も阻害します。
  • また、2-DGは小胞体(Endoplasmic reticulum)におけるたんぱく質の糖鎖結合(N-グリコシル化)を阻害して小胞体ストレスを引き起こします。これらの作用によって細胞死を誘導します。

  • 2-DGは他の組織の代謝が低下する就寝時に服用すると、がん細胞に多く取込まれて、抗腫瘍効果を発揮します。
  • がん細胞ではHIF-1(Hypoxia Inducible Factor-1:低酸素誘導因子-1)の発現と活性が亢進しています。HIF-1はLDH(乳酸脱水素酵素)や解糖系の酵素の発現を亢進して、乳酸の産生を増やしています。

  • さらに、HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を亢進します。ピルビン酸脱水素酵素キナーゼはピルビン酸脱水素酵素をリン酸化して活性を阻害します。

  • ピルビン酸脱水素酵素はピルビン酸をアセチルCoAに変換する酵素です。したがって、ピリビン酸脱水素酵素の阻害はミトコンドリアでの代謝を抑制します。

  • 正常細胞では低酸素の状態にならないとHIF-1は活性化しませんが、がん細胞では低酸素でなくてもHIF-1は活性化しています。そのため、がん細胞ではピルビン酸脱水素酵素の活性が低下して、ミトコンドリアでの代謝が低下しています。
  • ミトコンドリアにおける電子伝達系においてATPが産生されるとき、必然的に活性酸素種(Reactive Oxygen Species)が発生します。

  • ミトコンドリアのTCA回路によりNADH2+やFADH2の形で捕捉された水素は,一連の酵素系(呼吸酵素複合体 I~IV)の連鎖を経て,最終受容体である酸素(O2)に渡されて水 H2Oになります。 複合体 I~IVの段階は,ミトコンドリア内膜のタンパク質や補酵素間で電子のやり取りが起こる過程であるため呼吸鎖(Respiratory chain)電子伝達系と呼ばれます。

  • ミトコンドリアの呼吸鎖や酸化的リン酸化の過程が阻害されると、活性酸素種の産生が増加します。メトホルミンレスベラトロールは呼吸鎖(Respiratory chain)の呼吸酵素複合体Iを阻害する作用があります。その結果、ミトコンドリアでの酸素呼吸で活性酸素の産生が増えます。
  • ジクロロ酢酸ナトリウム(Sodium Dichroloacetate)はピリビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害する作用があります。その結果、ピルビンン酸脱水素酵素の活性を高め、ミトコンドリアでの酸素呼吸を増やし、活性酸素の産生を高めます。
  • メトホルミン(Metformin)は呼吸酵素複合体Iを阻害して、活性酸素の産生を高めます。
    したがって、ジクロロ酢酸ナトリウムとメトホルミンの併用はがん細胞のミトコンドリアでの活性酸素の産生を高めます。

  • 酸化ストレスが高度になれば、増殖抑制や細胞死が誘導されます。
    また、乳酸の産生が抑制されると、がん細胞の浸潤や転移は抑制されます。
  • 酸化ストレスはがん細胞にとって負荷になります。したがって、酸化ストレスはがん細胞の増殖や浸潤や転移を抑制します。

  • がん細胞は抗酸化システムを増強して酸化ストレスを抑制しています。したがって、がん細胞の抗酸化システムを阻害すれば、がん細胞の増殖や転移を抑制できます。

  • ケトン食オーラノフィンジスルフラムはがん細胞の抗酸化システムを阻害する作用があります。 これらを組み合わせて、がん細胞の酸化ストレスを高めると、がん細胞の増殖や転移を抑制し、死滅させることができます。
  • 抗がん剤や放射線治療ではがん細胞に酸化ストレスを高めて細胞死を誘導します。

  • がん細胞はチオレドキシングルタチオンなどの抗酸化システムを亢進して酸化ストレスによるダメージを軽減しています。

  • リュウマチ治療薬のオーラノフィン(Auranofin)チオレドキシン還元酵素(Thioredoxin Reductase)を阻害することによって、抗酸化力を低下させ、細胞内の活性酸素の産生を増やします。

 

  • 最後に、治療法のまとめです。
    目標は、がん細胞の解糖系と抗酸化システムを阻害し、ミトコンドリアでの酸素呼吸を亢進して活性酸素の産生を高め、酸化ストレスを亢進して、がん細胞の増殖や転移を抑制し、死滅させることです

  • ケトン食2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、がん細胞の解糖系やペントース・リン酸回路を阻害します。
    ジクロロ酢酸はミトコンドリアでの代謝を促進します。ケトン食で脂肪酸やケトン体の利用が亢進すると、ミトコンドリアでの酸素呼吸を高めることになります。

  • メトホルミンレスベラトロールは呼吸鎖を阻害して活性酸素(ROS)の産生を高めます。

  • アルテスネイト(Artesunate)半枝蓮(Scutellaria barbata)は細胞質でフリーラジカルを産生して酸化ストレスを亢進します。

  • オーラノフィンジスルフィラムは、グルタチオンやチオレドキシンによる抗酸化システムを阻害して酸化ストレスを亢進します。

  • これらの治療法を組み合わせると、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害し、さらに酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させることができます。